まにこ

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「これまた懐かしい顔だね」
控えめにノックしたけれど、そんな間を開けずに扉は開かれる。果たして中から現れたのは老人だった。
白髪の生えた頭、昔のように勢いのある髪は何処へやら、すっかり薄くなった頭を掻きながらも眼鏡の奥の目が柔らかく微笑んでいる。突然の訪問客を嬉しそうに迎え入れてくれた。
「元気にしていたか?」
暖かい珈琲と、得意料理であるホットケーキを振る舞う男。深煎り豆の良い匂いが部屋中を包む。とろりとろけるバターとたっぷりの蜂蜜がホットケーキにじゅわりと染み込んでいる。
いただきますと律儀に手を合わせる少年。ナイフとフォークを器用に使い、ホットケーキをカチャカチャと切り分けていく。
「皆、元気にしていますよ」
一口分をフォークで突き刺し、そのまま頬張る少年。口の中いっぱいに、ふんわりと蜂蜜とケーキの柔らかい甘みが広がった。少し苦めの珈琲で後味サッパリと口内を整えてくれる
「そうか、良かったよ」
男はそのまま優しい眼差しで少年を見つめる。どことなく気恥ずかしくなってパクパクと残りのケーキを口に放り込む。……本当はもっとゆっくり味わいたいのに。
会っていなかった間の貴方の話も沢山聞きたい。しかし心と身体とは裏腹に、ホットケーキも珈琲もあっという間に平らげてしまった。
「これからはまたいつでも来ると良い」
少年の心境を知ってか知らずか、男はそんなふうに声を掛けてくれた。自然と弛む少年の口角。嗚呼、やっぱりこの人には敵わない。
『これから』という言葉の担保にこんなにも救われる日が来るなんて。奥の奥に潜めていた感情が時間が、ゆっくりと動き出す音がした。

8/29/2024, 12:35:55 AM