明良

Open App
9/2/2024, 12:26:44 PM

やる気、根性、怒り……生命力溢れるものに対して火の表現は多い。心に火がつく、心を燃やす、怒りに燃える、烈火の如く……。
あいつは、そんな熱い言葉が到底似合わないように思えた。燃え上がるよう言葉が似合う人間が多々いるわけではないが、あいつにはとくに人間的な温度を感じなかったのだ。

あいつは、何を言われていても特に変わりなくて、からかいがいのないやつだ。頼まれごとをすれば、できるかできないかしか考えていないようで、ある意味では、嫌な顔一つせずに引き受けているといったようであった。淡々とした様子に、周りは感謝ではなく「やるならもう少し快く言ってくれよ」とか「やってくれるとわかっていても頼みにくい」とか不満垂れていた者もいた。
嬉しいことでもなければ、嫌なことでもないからああなのだろうが、人間なら相手の反応とか、自分の損得とか、大したことではなくとを気にしたりするはずだ。言動が事務的なものばかりなせいで人間らしさが見られないと思ったのだ。

例えるなら、水だろうか。しかしあいつはわざわざ水を差したり、水を打ったように周りを支配するような影響力はない。ただいるだけで、水のように必要不可欠のような存在感はない。
ただそこにあるところは木か、しかし木陰のように安らぎをあたえてくることもない。火で燃え尽きるほどやわくはないだろう。

こんなことより、明日の訓練の準備をせねばと頭を切り替えた。

訓練が終わる頃、雨天により山で足を滑らせた仲間が怪我をした。その上、帰るための道も怪我人を抱えてとても通れない状態になっていた。
普段はうるさい面子も気落ちして、中でも一等明るく活発なやつも明らかに空元気といったようだった。

「帰れます。迂回して、別のルートで行きましょう」
いつもの、淡々とした声だった。
本当か、急にどうした、と口々に仲間に詰められたあいつは「いや、帰れないかもと言ってきたので」と返し、続けて帰還ルートについて話し出した。
周りが意気消沈して暗かった分、普段と変わらないあいつが頼もしく、仲間の心に灯火をつけたようだった。

あいつは炎ではないが、火をつけても燃やされない石のようであった。

【心の灯火】

9/1/2024, 5:35:42 PM

隠しごとはお互いしない。というより、特に隠したいかとがないはずだった。
できれば知られたくない恥ずかしい過去や、目を見ていいいにくい後ろめたくなるような過ちがあっても、知られたところで何を今更、言うまでもないけどわざわざ隠してたの、恥ずかしいかなって、と笑いあえて、信じられる仲だった。
信頼しているから、恋人同士、スマホの中を何でも見せあえるでしょと強制して喧嘩するようなことはしない。けれどメッセージを代わりにみるくらいは自然と許されているような仲ではあった。

恋人のLINEの通知音が珍しく騒がしいのが気になって、恋人も普段と同じように、なんてきてるー? と聞いてきたから、LINEを開こうとする。
が、いつもはないロックがかけられていて、メッセージは見れなかった。
ロックかかってるからできない、と彼にスマホを直接渡すと、あーそうだった! とLINEは開かずそのままスマホの電源ボタンを押して画面を黒に塗りつぶした。

ああそうだった。恋人は隠しごとが下手で、私がそれとなく薄情しやすいようにしていただけだったことを思い出した。
ああ嫌だ、そればかりはどうにもできないよ。

【開けないLINE】

8/31/2024, 3:39:51 PM

何の心配も知らない、完成された人に憧れないわけじゃない。
しかしなってみたいかと聞かれたとき、いつまでも不完全であることを認められる私でいたいと思ったのだ。
完全である、ということは全てが分かりきっていて全てが決まっていることということだ。
完全になってしまえば、もう誰の声も、私の声すら聞かなくなるだろう。
この世にはまだ聞いていない声がある。

【不完全な僕】

8/30/2024, 2:13:17 PM

突然のことだが、バイトの先輩の家に泊まることになった。

夏休みシーズンを終えて繁盛期のピークを過ぎた日とはいえ、まだまだ忙しくて。バイトを始めてそろそろ一年、今日もギリギリだけどなんとか業務も終えられそうだと安心していた。
しかし、閉店時間直前になってトラブルが発生した。あたふたする私の隣で先輩が解決してくれたが、いざ帰ろうとする頃に天気が荒れて電車が止まってしまい、帰れなくなってしまった。
金曜日だからか、同じような人がたくさんいて、近場で一泊出来そうな場所は満杯だった。そも、今日は大学とバイトしか予定がなかったから大して持ち合わせもなかったが。
そこで、同性だし嫌じゃなければと、先輩が一人暮らしする部屋にお邪魔することになったのである。

先輩の部屋は、概ね予想通りというところであった。
ワンルームの真ん中にあるローテーブルの上に、ノートパソコンと何冊かの本、隅っこに畳まれた布団と充電器がほっぽってある。窓際の小さな棚に日用品がしまってありそうな箱やビニール袋が並べられている。
お盆も、クリスマスも年末年始もシフトに入っていて、遊びっ気がない先輩らしいと思った。
大学生が四年間一人暮らしするための部屋なんて、まあこんなものかもとも思った。

先輩はというと、念の為と私の母と電話している。一応成人済みなのに、子ども扱いされているようで恥ずかしいが、後から心配されるよりはましだ。
母の電話番号をメモし、私にスマホを返した先輩は、お風呂の準備するから適当に座ってていいよ、充電器使っていいからねーと言いながらいなくなってしまった。

もう見るところもなさそうな部屋をもう一度見回すと、小さな棚の一番上にあるリボンが巻かれた香水瓶に目を惹かれた。
香水とか持ってるんだ! と、失礼なことを思いながらそれをみつめる。いや、普段飲み会こないし、いつバイト行っても大体いるし。遊びのためにドタキャンした子の代わりに大体すぐ来てくれるし。
この香水、去年の冬にインスタでみた。『彼女が喜ぶプレゼント¥2000~』みたいなので。

「それ嫌じゃなきゃあげるよ。 一回しか使ってないし」
後ろからの声にびくりと振り返る。
「え、でもプレゼントですよね、これ……」
「いらなかったら捨てていいらしいからほんとにあげるよ、引っ越す前に捨てるよりありがたいし」
「引っ越すんですか?」
「就職先の社宅にいくよ。 荷物減らすのにこの間は鈴木君に漫画あげちゃった」
「鈴木君と話すんですね……」
「週一くらいはシフト被るからね」

タオルにライブTシャツとスウェットと一緒に、はい、これクレンジング。と手に握らされ、お風呂場に押し込められた。
そして、友達が置いてった寝袋出してくるねーと、先輩はまたいなくなった。

二ヶ月もしないうちに、先輩は引き止める店長に構わず、バイトを辞めていた。みんながテスト期間が近く、そろそろ休みたがるタイミングだったのもあって、少し大変だった。

あのとき、お風呂から上がったあと、お礼を言うべきところを、私は真っ先に、あの香水欲しいですと先輩に言ったことは後悔していない。

【香水】

8/29/2024, 12:28:04 PM

この世には、言葉が通じないことがよくある。
人間なら言葉を尽せば分かり合えるはずだと思っていた。
どこまでいっても2人の言葉は交わらず、平行線で私もあなたも、元から分からせる気しかなかった。
からだを使って傷つけることに踏み出しかけたとき、行動してするべきことは、手を上げることではなく別の場所に行くことだった。
私は自分のために、言葉を上手く使うことを学び続けた。惨めに口を噤んで耐えさせられないように。
今私は、自分のために、静かに口を閉じてその場を去ることしかできなかった。今は言葉を、自分をも貶める武器にしそうだった。

【言葉はいらない、ただ・・・】

Next