やる気、根性、怒り……生命力溢れるものに対して火の表現は多い。心に火がつく、心を燃やす、怒りに燃える、烈火の如く……。
あいつは、そんな熱い言葉が到底似合わないように思えた。燃え上がるよう言葉が似合う人間が多々いるわけではないが、あいつにはとくに人間的な温度を感じなかったのだ。
あいつは、何を言われていても特に変わりなくて、からかいがいのないやつだ。頼まれごとをすれば、できるかできないかしか考えていないようで、ある意味では、嫌な顔一つせずに引き受けているといったようであった。淡々とした様子に、周りは感謝ではなく「やるならもう少し快く言ってくれよ」とか「やってくれるとわかっていても頼みにくい」とか不満垂れていた者もいた。
嬉しいことでもなければ、嫌なことでもないからああなのだろうが、人間なら相手の反応とか、自分の損得とか、大したことではなくとを気にしたりするはずだ。言動が事務的なものばかりなせいで人間らしさが見られないと思ったのだ。
例えるなら、水だろうか。しかしあいつはわざわざ水を差したり、水を打ったように周りを支配するような影響力はない。ただいるだけで、水のように必要不可欠のような存在感はない。
ただそこにあるところは木か、しかし木陰のように安らぎをあたえてくることもない。火で燃え尽きるほどやわくはないだろう。
こんなことより、明日の訓練の準備をせねばと頭を切り替えた。
訓練が終わる頃、雨天により山で足を滑らせた仲間が怪我をした。その上、帰るための道も怪我人を抱えてとても通れない状態になっていた。
普段はうるさい面子も気落ちして、中でも一等明るく活発なやつも明らかに空元気といったようだった。
「帰れます。迂回して、別のルートで行きましょう」
いつもの、淡々とした声だった。
本当か、急にどうした、と口々に仲間に詰められたあいつは「いや、帰れないかもと言ってきたので」と返し、続けて帰還ルートについて話し出した。
周りが意気消沈して暗かった分、普段と変わらないあいつが頼もしく、仲間の心に灯火をつけたようだった。
あいつは炎ではないが、火をつけても燃やされない石のようであった。
【心の灯火】
9/2/2024, 12:26:44 PM