突然のことだが、バイトの先輩の家に泊まることになった。
夏休みシーズンを終えて繁盛期のピークを過ぎた日とはいえ、まだまだ忙しくて。バイトを始めてそろそろ一年、今日もギリギリだけどなんとか業務も終えられそうだと安心していた。
しかし、閉店時間直前になってトラブルが発生した。あたふたする私の隣で先輩が解決してくれたが、いざ帰ろうとする頃に天気が荒れて電車が止まってしまい、帰れなくなってしまった。
金曜日だからか、同じような人がたくさんいて、近場で一泊出来そうな場所は満杯だった。そも、今日は大学とバイトしか予定がなかったから大して持ち合わせもなかったが。
そこで、同性だし嫌じゃなければと、先輩が一人暮らしする部屋にお邪魔することになったのである。
先輩の部屋は、概ね予想通りというところであった。
ワンルームの真ん中にあるローテーブルの上に、ノートパソコンと何冊かの本、隅っこに畳まれた布団と充電器がほっぽってある。窓際の小さな棚に日用品がしまってありそうな箱やビニール袋が並べられている。
お盆も、クリスマスも年末年始もシフトに入っていて、遊びっ気がない先輩らしいと思った。
大学生が四年間一人暮らしするための部屋なんて、まあこんなものかもとも思った。
先輩はというと、念の為と私の母と電話している。一応成人済みなのに、子ども扱いされているようで恥ずかしいが、後から心配されるよりはましだ。
母の電話番号をメモし、私にスマホを返した先輩は、お風呂の準備するから適当に座ってていいよ、充電器使っていいからねーと言いながらいなくなってしまった。
もう見るところもなさそうな部屋をもう一度見回すと、小さな棚の一番上にあるリボンが巻かれた香水瓶に目を惹かれた。
香水とか持ってるんだ! と、失礼なことを思いながらそれをみつめる。いや、普段飲み会こないし、いつバイト行っても大体いるし。遊びのためにドタキャンした子の代わりに大体すぐ来てくれるし。
この香水、去年の冬にインスタでみた。『彼女が喜ぶプレゼント¥2000~』みたいなので。
「それ嫌じゃなきゃあげるよ。 一回しか使ってないし」
後ろからの声にびくりと振り返る。
「え、でもプレゼントですよね、これ……」
「いらなかったら捨てていいらしいからほんとにあげるよ、引っ越す前に捨てるよりありがたいし」
「引っ越すんですか?」
「就職先の社宅にいくよ。 荷物減らすのにこの間は鈴木君に漫画あげちゃった」
「鈴木君と話すんですね……」
「週一くらいはシフト被るからね」
タオルにライブTシャツとスウェットと一緒に、はい、これクレンジング。と手に握らされ、お風呂場に押し込められた。
そして、友達が置いてった寝袋出してくるねーと、先輩はまたいなくなった。
二ヶ月もしないうちに、先輩は引き止める店長に構わず、バイトを辞めていた。みんながテスト期間が近く、そろそろ休みたがるタイミングだったのもあって、少し大変だった。
あのとき、お風呂から上がったあと、お礼を言うべきところを、私は真っ先に、あの香水欲しいですと先輩に言ったことは後悔していない。
【香水】
8/30/2024, 2:13:17 PM