登山をはじめて今年で4年目。
去年、御岳山に登った。そこで、今までの山では見たことのない景色が私の眼前に広がる。それは、多くの慰霊碑。それを見て、一瞬にして命を奪われた方々の無念さを思い悲しくなった。お星さまへ、これからも彼らをお守りください。そして、私たち登山者を見守っていてください。
あなたは、NTTと日本郵政の真の姿を知っていますか?
多くの人は、この両者を民営化された元国営の企業と思っているでしょう。確かに、この2つは民営化されました。しかし、この両社は今も株式の大半を政府が保有しています。
公式ホームページによると、両者とも財務大臣が所有する発行済株式総数に対する所有株式数の割合が35%を越えています。これでも、彼らを民営化されたといえるでしょうか。NTTと日本郵政が未だに実質上は国営の企業だと知らない人も多いのではないでしょうか。
(補足)
日本郵政は、総務省所管の外郭団体です。
外郭団体とは、官公庁から出資や補助を受けながら補完的な業務を行っている団体のことです。
日本郵政の職務執行にあたり、総務省が必要なお金などを工面していることになります。これで、民営化された扱いになるのが不思議ですね
色々、あって仕事をやめた。
それから、2年経って今では別の会社で働いている。日々の業務をこなすなか、上司から郵便局にいってほしいと頼まれた。断れるはずもなく、郵便局に向かうことになったがそのときの気持ちは憂鬱そのものであった。先ほどの文章でご理解いただけたかと思うが、これから向かう郵便局こそ私の前の勤め先である。郵便局に向かう私の気持ちは複雑なもので、忘れられていたらショックだなと思う一方で気づいてほしくないなと思ったりもした。
ついに、郵便局にたどり着いた。窓口に並んでいるとき、後ろから「○○さん、久しぶり」と声をかけられた。2年も経ったものの覚えてもらえていた。短い間だけど、近況などを語ることもできた。退職のとき、頂いた花束は枯れてしまった。しかし、働くなかで築き上げた思い出は誰かの胸の中に残り続ける。
「バイバイ」「さようなら」
2つとも、別れのときの挨拶の言葉なのに不思議なことにさようならの方が悲しく聞こえるのは私だけだろうか。
私のなかで、さようならは永遠の別れのときに使われるイメージが強い。実際、3月や1月が近づくたびに見る機会の多い震災関係の記事で親しい人との別れに関する記事は「さようなら 永遠の別れ」という題名のものが多い。國學院大學の日本語教育学の先生によると、バイバイは改まった場面では使いにくい言葉だそうだ。だからこそ、バイバイはまたどこかで会えるだろう人に対しての別れの挨拶というイメージが定着していったのだろう。
家にいても、旅にいっているような感覚を提供できるどころか自分が別世界に入り込んだような環境を提供できる作家さんはすごい。
毎日、就寝前に本を読むことにしている。それをしているときは自分が生きている世界は虚像のものだと思えてくる。しかし、本を閉じて眠りにつき仕事をする現実は変わることはない。
別の人生や、世界を体感する旅に再び出掛けたときは仕事であった出来事や人間関係を無にして楽しむことができる。一度、本を閉じてその世界から退出してもずっとその世界にいた気分になれる。だから、書籍とくに小説こそ旅の途中という題名にふさわしいのではないだろうか。