泥(カクヨム@mizumannju)

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4/30/2025, 2:48:38 PM

『軌跡』

塾でバイトしていると、やはり私の第一志望だった学校を目指す生徒に出会う。その度に、私は羨ましくなる。まだ、この人には可能性があるんだ、と。彼らのまだ明るい瞳を、私はなかなか見ることができない。
いつまで引きずるつもりなのかわからないけれど、でも、私が思うのは、ここまで引きずっているのは、当時にそれだけ頑張った証なんじゃないかということ。
私は、彼らをその学校に合格させることで、私が合格したと錯覚しようと思った。最低だと思う、けれど、それで彼らが第一志望に合格するならいいじゃないか、とも思う。私が何年も夢見たその学校での生活。私は何度もその学校を調べた。だからきっと彼らよりは知っていると思う。その全てを使って、彼らを受からせて、私も受かった気になって、この泥みたいな感情を洗い流そう。
なんだかそう思うと、前向きになる。当時、泣きながら帰った日がたくさんあったことを思い出す。ああやって、ふらつきながら歩いた日も、今日につながっているんだ、と。こういうことを「軌跡」と呼ぶのだろうと、私は全員が帰った後の自習室を見て思った。
どうか、彼らが美しい軌跡を描く人になりますように。

4/17/2025, 9:28:55 AM

『遠くの声』

部屋にはたくさん人がいるけれど、私は1人だった。
孤独というのは、1人でない時に感じるものだとわかった。ただ、そんなものも慣れっこだった。孤独ということはつまり、私が存在していようがしていまいが、彼らには関係ないということだ。私が何をしようと興味のないこと。逆に気楽だった。他人の目を気にする必要がないと言っても過言ではないからだ。
それでも、あなたの声が遠くからはっきり聞こえてくるだけで、なんだか寂しくなる。好きな人の声はやけに大きく聞こえるらしい。もし私が話せたら、声を出していれば、あなたも振り向くのかな。

4/16/2025, 9:08:40 AM

『春恋』

やけに明るい光が射し込んで、私はぱちっと目を覚ます。どうやらカーテンが閉まりきっていなかったらしい。おかげで部屋も暖かい。なんだか腹が立って、カーテンをぴしゃりと閉める。アラームが鳴るまで10分は寝られたというのに、最悪の朝だ。

「ん゙〜〜〜」

もう、仕方ない。起きるしかない。諦めて、もう一度カーテンを開けた。窓の向こうでは桜の花びらが舞っている。綺麗だった。そういえばもう、春か。
ふと、連絡が来ていないかスマホを見た。

「え゙っっ」

友人と電話が繋がっていたのだ。思い出した、昨日の夜に雑談をしようと電話が来て、数時間の雑談をした挙句、そのまま寝落ちしたんだ。最悪だと思った。さっきの間抜けな声も、全部聞かれていた。……いや…まだ寝てるかもしれない。きっと大丈夫だ。電話の向こうでかすかに動くような音が聞こえた。

『かわいいね』
「……は?」

それからは、寝息だけが聞こえてきた。
眩しい光を見ながら、春が来たのだと改めて思った。
窓の向こうでは、少し強い風が吹いたようで、花吹雪が見えた。

4/6/2025, 12:33:12 PM

『新しい地図』

晴れて大学入学を果たした私だったけれど、田舎の高校から東京の大学に進学するから、知り合いが一人もいなかった。不安が募るばかりだった。今日の入学式も一人だったけど、周りを見るともう既にグループができていた。内部進学生がいると聞いて、怖くてたまらなかった。私、これからずっと一人なのかなあ。

ふと、高校入学の時も同じようなことを思っていた記憶が蘇った。もちろん多少の知り合いはいたけど、新しい友達なんてできるはずないと思ってた。でも卒業式が終わった後は、色んな人と写真を撮って、お店に寄って美味しいご飯を食べて、私の周りには確かに友達がいた。

なんだかそう思うと、不思議と大丈夫なように思えた。私のスマホに映っているのは、来たことのない東京の地図。私は、ここから「仲間」と呼べる人を書いていきたい。卒業する時、この新しい地図が真っ黒になってしまうくらいに。この地図は、私が完成させるんだ。

4/5/2025, 1:37:22 PM

『好きだよ』

今にも眠りにつきそうな中、私は好きな人と電話をしていた。眠いのは相手も同じようで、さすがにもう寝ようか、と声をかけた。

「ねえ」

その寝ぼけたような声で呼ばれる。私も「なあに」と馬鹿みたいな声をあげる。

「好きだよ」

その言葉は、寝言なのかな。私は返事に困って黙り込んでしまった。嬉しい。本当に嬉しい。でも、そんな素直に受けとってもいいのかわからなかった。私の動いていない頭が生み出した幻聴かもしれない。罰ゲームか何かで言わされただけかもしれない。

「ほんとに好き、」
「……あのさ」

彼の眠たそうな言葉を、本物にしてやりたかった。

「次、会った時。もっかい言ってよ、好きだよって」

彼は笑いながら「もちろん」と言っていた。私は夢なのではないかと思って思い切り頬をつねった。久しぶりに痛い思いをした。

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