もしも未来が見えるなら
私は貴方を、不幸にしていませんか?
叶えたかった夢も、
二人で産み落とした命も、
押し付けて
きっと私が先に逝く
私が残したモノは、貴方を苦しめていませんか
貴方は私を恨んでいませんか
私を救えなかったと、
悔やんではいませんか
もういない私の夢のために、
自分の夢を諦めてはいませんか
子どものことで悩んではいませんか
片親で苦労させていること、
辛い思いをさせていると思っていませんか
新しい母親を迎えようと思っていませんか
それに、抱かなくていい罪悪感を抱えていませんか
後悔していませんか?
先逝く私を、選んだことを
…そんな未来が見えたとしても。
私は、貴方を選びます。
貴方を不幸にします。
私の我儘で、私の幸せを選びます。
許してください、と告げる私に貴方は。
ありがとう、と幸せそうに笑った。
無色の世界
振り返れば必ず居た筈の奴が、居なくなった。
それだけで世界の色彩が失くなるなんて、思ってもいなかった。
前世の記憶。
俺が何かの組織のアタマで、お前が副官。
お前の役目は、俺の背中を守る事。
いつも血に塗れていた。正義か悪かは興味がない。
戦いなんて思想の違いだけだから。
ただ、興奮していた。生きるか死ぬかの戦いだ。生物として間違っていない。
それが、失くなった。
溢れる血にいつも興奮していた。
あの赫さ、匂い。動かない死体と、それを成した自分の手。生き残った安堵もあった。
全ての感情が無になった。
ただ、後ろに誰もいないというだけで。
誰かを殺しても興奮しない。
死体という人形が増えていくだけ。
あの赫い血を見ても物足りない。
ひりつく空気、硝煙の香り、土埃の風の味。
全てが無色だった。
お前は簡単に死んだ。
流れ弾に当たって、呆気なく。
死体は回収出来なかった。する気がなかった。
どうでも良かったから。
入れ替わった副官はすぐ殺した。
当たり前のように俺の後ろに立とうとしたのが、見えないのに目障りだった。
誰も俺の後ろに立たなくなった。
命の危険性が増したというのに、少し安心した。
仲間も俺の死を望んだんだろう。
戦場で敵に囲まれた。助けは来なかった。
ただし敵も味方も俺を見くびっていたようだ。
片腕を吹き飛ばされながらも、生きて帰還した。
味方は全員、化け物を見る目で俺を見た。
ようやく気づいた。
自分の異常な強さを。
アイツだけが、俺を化け物として見なかった事を。
当たり前のように後ろにいたのは、本気で守ろうとしていたことを。
化け物のような俺を、アイツだけが人として見ていたことを。
無色な世界。当たり前だ。
お前を失った日から、俺は生きようとしていない。
敵に勝っても、戦果を上げても。
生き残ろうとも、殺す罪悪感が血と共に溢れようとも。
どうでもいい。どうでもいいんだ。
お前のいない世界で、生きたくない。
これは前世の記憶。
あと憶えているのは、隻腕になったことで退役させられたこと。
残った方の腕で、自分の腹を刺したこと。
最期に見た自分の血が、赫く見えなかったこと。
死に際に思い描いた、俺が振り返ると必ず見えたアイツの顔が。
鮮やか、だったこと。
桜散る
夢見る心
散り際は美しく、寂しい。
けれど一年後、必ずまた逢える。
桜の約束をしよう。
毎年春に再会する、桜のような約束を。
…夢見ても、いいですか?
また逢える。きっと、必ず。
例え、貴方が枯木だったとしても。
例え、私が枯木の開花を待つ愚者であったとしても。
また貴方に逢いたい。
だから、待とう。
何年でも、何十年でも。
貴方の生まれ変わりを。
届かぬ想い
神様へ
拝啓、神サマへ。
私はアナタを信じた事などありません。
それでもアナタに言いたいことがある。
…私は、アナタのように成りたかった。
アナタは存在するだけで人を救える。
信じていない人間でも、心の奥底で、神サマが存在することを願っている。
頭の何処かで、祈りを捧げている。
姿を現すだけで良い。
触れずとも、声をかけずとも。
罪を背負う者は、アナタの存在だけで救われる。
救いたかった。
人は人によってしか救えないと、信じたかった。
大好きだった姉を不幸な事故で失った時から、アナタを憎んで否定した。
だから、残された子どもを引き取った。
私は一人にしない、私が立派に育ててみせると、
アナタではない、亡き姉夫婦に誓った。
救えなかった。
あの子は何年経っても悪夢を見る。
一人助かった事実を否定する。
その度に手を握り、抱き締めた。
貴方のせいじゃない、と声をかけた。
届かなかった。
今も増える、手首の傷。
いつか、いつか癒える日が来ると、信じていた。
拝啓、神サマとやら。
これは、罰ですか?
私もあの子を置いて逝くのですから。
傲慢にも人が人を救おうとした事への。
アナタのように成りたいと思った事への。
母親に、成れなかった女への。
まぁ、私が死んだ所で傷にすらならないでしょう。
それなら、それでいいのかもしれない。
これ以上、あの子を悲しませずに済むのだから。
お願いだから。
悲しまないで。
母親に成れなかった女なんか忘れて。
これ以上、傷を増やさないて。
お願いだから。
「…神サマ、なんか成らなくていいよ」
とある病室。
様々な機械が取り付けられ、横たわる女の側には、パイプ椅子に座る学生服の少年。
「そんな…遠いモンになるなよ。…ずっと一緒にいてくれたの、アンタだろ」
泣き腫らしたその目尻には、また涙が浮かぶ。
「悲しまないとか……無理だって。バッカじゃねぇの……」
届かなくて良い。
そんな想いは、届かなくて良い。
少年は指を交差し、両手を握る。
その姿は、紛れもなく……。
快晴
ある漫画を読んだ。
『若かったあの頃、自分は何処まででも行けると信じていた』
私と真逆だった。
毎日の登下校の中、自分は何処にも行けないと信じ切っていた。
晴れた日もあった。
遅くなって暗い日もあった。
雨の日はバスに乗った。
曇りの日は、下水道の蓋につまづいて膝から血を流して歩いた日を思い出す。
大体、下を向いて歩いた。
快晴の日だけは顔を上げていたかもしれない。
山の上の学校だったから、下ると海が遠くに見えたから。
空とは違う、群青の海。
鮮やかなブルー。
思い出せるのは、やはり自分が顔を上げていたからだろう。
毎日じゃ、なかったとしても。
今の私の目に、あの青さは映るだろうか。