あにの川流れ

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1/13/2023, 11:55:12 PM

 「聞いてください」
 「寝支度しながらでもいい?」
 「それと対のパジャマはまだ乾いていませんよ」
 「……雨めぇ」

 「聞いてください」
 「どうふぉ?」
 「歯磨きをしながら向かないでください」
 「ん」
 「わたくし、」

 「わたくし、やってみたいことがたくさんあるんです。2進法で那由多に羅列されるくらい」
 「ふぅん、続けて?」
 「この前あなたが海に連れて行ってくれましたね。大脳辺縁系相当がチカチカするくらいの光景で。それでわたくし、泳いでみたいんです」
 「水と塩と金属のなかで?」
 「だめなら塩素のなかでも。とにかく、泳いでみたい」
 「真水じゃだめ?」
 「広くありませんもん」
 「こだわるねぇ」

 「それから、夢も見てみたい」
 「きみ、見ないもんね……試してみる?」
 「それ、あなたがつくった動画を垂れ流すだけでしょう? あなた、センスがありませんから」
 「ひ、ひどい」
 「そうじゃなくて、今日のこと、過去のことを、深く深く脳幹から引っ張り出してごちゃまぜにして、わたくしの思考も加味されて。ふふ、体調が悪いと混沌で滑稽なつぎはぎが見れるのでしょう?」
 「クソダサパワポみたいなやばいの見る」
 「わたくしはどんなやばいものを見るのでしょう」

 「疲れてもみたい」
 「せっかく疲れ知らずなのに。贅沢なねがい」
 「あー疲れた、と、疲労感と達成感が何なのか感じてみたいんです。それで眠りに誘われて。朝に筋肉痛の発生、疲労感の残留。湿布を貼って、2度寝して」
 「ぼくはね、一日が68.5時間以上になればいいのにって思う」
 「皮肉な人」

 「1番やってみたいのは、飲食です」
 「うーん、きみのお口に感知器官をつくって、電流が流れたら味と感知する刺激がシグナルで受け取れるとか」
 「……野暮ですね。あなたと酒を酌み交わしてみたいんです。麦芽のビールは風呂上りとか、有酸素運動後に、1口目がおいしいのでしょう? あなたがおいしいおいしい、というわたくしの手料理の味も知りたい」

 「ふぁ、眠い。まあ、ぜんぶ、世界の誰かの技術が提供されるか、ぼくの技術力が爆発的に上がったらね」
 「そのときまで、あなたがいればいいのですけれど」
 「はいはい、背中のシャツまくって」

 ガチャン――窪みにちょうどなコネクタが、わたくしの背中にはめ込まれる。200Vの電流が徐々に省エネモードを解除してゆき、発熱量が増して。
 あなたがわたくしのために用意してくれたベッド。そこへ横向きにボディーを倒す。沈む心地はあれど気持ちいいのかは分からない。
 軽量化が成功したわたくしは、あなたと同じくらいの重量。

 叶うことが難しいのは分かっている。ですが、せめて。せっかく思考と知識があるのだから、それらが何なのか予測して。自分に当てはめていたい。
 現実の外側で思い描いて。
 スリープモードに移行しながら、思うのです。

 「はぁ、ニンニクマシマシセアブラオオメのバリカタで、この腹を満たしてみたい……」



#夢を見てたい



1/13/2023, 4:52:38 AM


 お買い物から帰ってきたら、きみはソファでうたた寝。クッションに頭を載せて、バンザイみたいな恰好で。ちょっとお口が開いているし、片足がソファから落ちてる。
 ほんとならね、毛布をかけてあげたい。
 けど、きみってば、いらないところで敏感。ぼく、47敗2勝。ね、もう偶然にかけるのもばかみたい。

 暖房を入れて。
 ゴォオオオ――って音。

 「んふ」

 キッチンでちょっと仕込み。
 トマトソース煮込みのチーズハンバーグだってつくれちゃう。あと、この前もらったお野菜はマリネにしちゃおっかな。
 あのパン屋さんすっごく並んでた。
 けど、ぼく、がんばった。だからスライスして、あとでオーブンでブン。
 ちょっとカリカリするくらいがいいよね。

 壁に設置してある給湯器のリモコン。浴槽はからっぽ。【自動】っていうボタンを。

 『お湯張りをします。お風呂の栓を閉めて下さい』
 「はぁーい」

 浴室はカビが生えないようにって、窓が全開。凍っちゃう! って思うほど。
 窓もお風呂の栓も閉めて。
 ジャアーーってお湯が湯気をたてながら浴槽に嵩を増やそうとしてる。こういうのってちょっと応援したくなっちゃう。がんばれーって。
 ……ならない? あ、そう。

 ベランダに出て洗濯物を取り込むの。畳むのはね、きみのお仕事。明日はぼくの番。
 枕カバー洗ったんだった。
 鼻先を恐る恐るうずめるの。
 ――――すぅ……よ、よし、まだへいき!
 性別問わずにするっていうから、ほんと、困っちゃう。

 ソファの前。
 きみは器用に落ちずに寝返りをうって。寝れなくなるよ、って言ったことがあったけど、夜に普通に(なんならお昼寝してないぼくよりも早く)寝てたから言うのもやめた。
 たまに変な寝言言ってる。
 突然クソデカボイス出すのはやめてほしい。

 でも寝顔はすき。
 すっごく気持ち良さそう。

 ガチャ――――浴室。
 浴槽にはたっぷりの少しだけ熱めのお湯。足からゆっくり入って、肩までどぷり。

 「あ゛~~、さいっっこう」

 ちゃぷん、ちゃぷん。
 お夕飯、よろこんでくれるかな。きみの好物ばかり仕込んだから。んふ、たべるときのきみのお顔がね、ありありと浮かぶの。
 ごはんたべてるときのきみ、すっごく満たされたお顔をしてて、つくり甲斐ある。
 弾んだ声まで聞こえてきちゃいそう。

 パシャン、パシャン。
 うねうねとぼくの肌色が波立って。

 ふと見上げれば、浴室の角にちっちゃな虹。壁も床も浴槽も白いから、反射したら虹色の光ができちゃう。
 チカッ、チカッ――――なんだか特別な気分。

 「んふ、しあわせだぁ」

 そういう気持ちになっているとね、時間がすぐに過ぎて、のぼせちゃうんだよ。



#ずっとこのまま


1/12/2023, 2:32:00 AM

 きみが突然、デパートに行こうって言うから。何か欲しいものがあるのかな、って思ったの。
 デパートに着いてみたらびっくり。
 人が多いし、みーんな寒いからか肩寄せあってたのしそうなの。しかも、デパ地下が大盛況。あ、もしかして! ってちょっと期待。けれど、ぜーんぜんそんなことなかった。きみってばスタスタ。

 もう、何なのさ。
 ちょっと期待しちゃってばかみたい!

 エスカレーターで、一階二階三階……そんなに昇るならエレヴェーターでよくない? そしたら、乗るべき人が乗れるように。
 そういうところ、律儀で気持ちいい。

 連れて来られたブース。
 え、これ結構なブランドのお店じゃないの? きみってば、ちょっと倹約思考。あんまりイメージないのに。
 並べられている防寒具。
 ……値札をね、ぺらり。もう、もう、卒倒!

 なのにきみったら、

 「どれがいいでしょうか。……あなたなら、どれを選びます?」
 「!、!、!? ぼ、ぼくに選ばせる気!?」
 「参考にします」
 「ゔぁあ!」

 ひどいこと言うんだから!
 選べ選べって。ぼ、ぼく、モールの安売りとかファッションセンターとか百均くらいでしか買わないよ。審美眼とか慧眼とか持ってないんだから。

 とにかくきみに似合いそうなものを、機能性とかあったかさとか、必死で見繕う。店員さんに話しかけられないかビクビクしながら、冬なのに嫌な汗いっぱいかいた。
 ふい、と見ればきみ、店員さんと普通に話しちゃって!
 ぼくがばかみたい!

 選んだものをきみに見せて。
 もう、値札なんか気にしてやらないんだから。

 ぼくが選んだものと、きみが選んだものを見比べたり、着けてみたり。うんうん、って。
 …………きみがたのしいなら、いいや。

 「ちょっとこれ、着けてみてください」
 「ぼくが?」
 「客観的に見たいんです」
 「ふぅん」

 ぴったりな二対。
 親指から小指まで寸分違わず。

 「うん、良さそうですね」
 「でもこれ、きみの趣味じゃないよね?」
 「ええ。あなたのですから」
 「は」

 流れるようにぼくから手ぶくろを取って、店員さんに渡そうとするんだから!
 そういうの、そういうところ……!!
 確かにぼくの好きなデザインだけれども!!

 「ねーえーっ! お財布寂しくなっちゃう!」
 「パンパンですから、減らすのがいいですね」
 「きみの買うって言ってた!」
 「言ってません」

 くそうっ!

 ピッてお会計されたそれは、目を塞ぎたくなるほどの表示が出てて。しかも、別途できれいなラッピング。ほんと、ほんとさぁッ!

 「……ありがと。うれしいけど、なんで急に」
 「あなた、自転車に乗るでしょう?」
 「うん」
 「コートにマフラーはするのに、手ぶくろをしていなかったから」
 「……うん。片方失くしたの」
 「ふふ、いい機会でした」
 「……ありがと」
 「えぇ。どういたしまして」

 めっちゃうれしい。
 絶対今度着ける! 失くさない! って思ってたんだけど――――家から出て、おっきな坂道下ったところで気づいたの。

 「あ゛ッ! 手ぶくろ忘れた!! ゔぁああッ」

 グリップを握る手が真っ赤っ赤。
 ……すっごく、すっごく、さむい。悴んでるし、ジンジン。せっかくきみが、あったかいように、って買ってくれたのにぃ!

 ぼくのばかぁあ!!



#寒さが身に染みて



1/10/2023, 2:34:09 AM


 あなたが、ふと空を見上げたのは薄暮時だった。そろそろ茜色が闇に溶けて、夕日のほとぼりがすーっと濃い青色になじんでゆく。
 いわゆるブルーアワー。
 その独特な雰囲気の中をあなたと並んで歩く。

 たまには道をそれてみよう、と入った路地裏で首尾よくにおいに惹かれたパン屋。おしゃれな紙袋に小麦のフレーバーを溜め込んで。

 「あ、二日目」
 「え?」

 見上げているあなたの視線を辿れば、西の低い空に浮かぶ瘦せた月。

 「あのね、昔のカレンダーでね、太ってく月はね三日の月」
 「え、今あなた、二日って」
 「月始めはね、ゼロ、イチ、ニって始まるんだよ。だから三日月は二日目。一日目の二日の月って、見えないの」
 「へ、へぇ……」

 そこから始まるあなたの三日月ウンチク。

 「べつの宗教ではね、三日月からひと月が始まるんだよ。そういうお国はね、国旗に三日月があるの」

 「三日月はね、クレセットって言うの。あのね、音楽のクレシェンドの語源」

 「アルテミスがね、三日月で方角を教えてくれるの。弓の形なの。そうしたらね、迷わない」

 後ろ手に組んで、たのしそうにそう話すあなた。ぶっちゃけ内容はぜんぜん頭に入らないけれど。いつの間に三日月博士になったのか。
 めんどく――――、奇特な人。
 面倒くさいだなんて言ってません。
 言ってませんったら。

 チラ、とわたくしが持っている紙袋に一瞥。

 「ねえ、きみがさっき買ったパン、なあに?」
 「パンですか? クロワッサンですけれど」
 「んふ、それも三日月が語源」
 「そうなんですね! 知りませんでした」
 「あのね、国旗に三日月のあるお国と戦って勝ったの。その戦勝記念。国旗とおなじ形をたべて、食ってやったぞ! って」
 「考えるものですね」
 「きみのクロワッサンはねマーガリン。まっすぐなのはね、バター」
 「区別のための形だったんですか、これ」

 何となく、まじまじと紙袋の中身を見た。
 見ただけでマーガリンは分からないのに。どうしてか、気になってしまう。

 くすくす、と笑うあなたが見れたので。
 まあ、良しとして。

 「月始め二日の三日月。ひと月にね、一回しか見れないの。空の上に昇るとね、月の角度が変わるからね真っ暗。お月様見えないんだよ」
 「エッ、そうなんですか?」
 「だから見れたらラッキー。幸運。みんな使う。ゲン担ぎ。ねえ、願いごと、どうぞ」
 「エッ、え、いきなりですね?」

 いきなり言われると普段願っていることも、分からなくなる。そして、思い出せない。
 あなたを見ればさっさと願ってしまっていて。
 おいてゆかれないように何とか、何とか、絞り出す。――――明日のお掃除ですべてのほこりを一掃できますように。
 ……本当に、これでいいのか、わたくし。

 また、くすくす。

 「言えた?」
 「い、言えました……」

 にやぁ、と意地悪な笑顔。
 これは碌な願いごとが言えていないのを見透かされている。

 「あっ、あなたはどうなんです?」
 「んふ、願いごとって言ったら叶わないんだよ。だからひみつ」

 いつの間にか、街路灯や建物の向こうのネオンがその光彩を強くしていて。三日月だって見えやしない。
 道路照明のちょうど真下のあなたは、生き生きとしている。それはもう、至極に。

 わたくし、もてあそばれましたね……?




#三日月



1/9/2023, 8:43:24 AM

#色とりどり


 お湯って透明。
 透明ってことは色が何も残らなかったってこと。ぜんぶ透き通って向こう側を光らせる。
 お風呂もおなじ。ぼくの肌が透けてぷかぷか、ゆうらゆら。だから同じようにぼくの思考も浮かばせるの。
 頭の先まで浸かって。……足は出ちゃうけれどね。

 ――――ちゃぽん。

 真下にはきれいな浅紅色。
 渦巻きみたいに花びらがぼくを囲んで、流れがかわった透明色が肌を撫でてゆく。
 まばたきをするたびに、シャッタースピードを落としたみたいに目の前を通り過ぎて。ぶわ、ぶわ、こぼれるぼくの息と一緒に上へ上へ。

 そのままぼくは下に落としてゆくの。ちゃぽ、ぼこぼこ、ゴォォオ……、音が響いて。

 こしょこしょ、って肌をくすぶる感覚。
 目を開けたら強い色をまとった魚がふよふよ、ぼくにあいさつ。青、黄色、オレンジ。射し込む光の筋と照らされて遊色を放つ銀の皮膚。
 足許にもそういう模様の絨毯みたいに、たくさんの群れが。
 ピンク色のサンゴ礁と緑のうみ草。
 ……ぼく、海藻サラダはきらいだけれど、海で見るのは結構好き。

 水槽の中みたいにぽこぽこ、泡が昇ってゆく。ぼくもそれを追いかけたくなるけれど、う~ん……まだいいかな。

 なんて思ってたら、ボコボコボコッて口から泡が吹き出すの。だってびっくり。上を向いたらおっきな鯨がいるんだもの。
 王冠をかぶった、さくら色の鯨。
 背中にはぼくの理想がたくさん載っていて、ぼくもあそこにゆけたらいいなぁ、って思う。
 鯨のまわりにはいろんな種類の花びらが、飛沫みたいについてくの。いつもぼくは白い花びら――ユリに惹かれる。

 いいなぁ、いいなぁ、たくさんの白いユリに埋もれて眠りたいなって、そのときに浮かぶの。

 でもうっとりしてるとね、きみがぼくのこと、呼ぶの。いつもみたいにやさしくじゃなくて、もう、すっごく大声で。
 だからね、仕方ないなぁって。

 だんだん水色に浮かぶ鮮やかが色を失って、失って、どんどん、どんどん。
 ――――それで肌色。ゆうらゆら。

 ざぷん。
 湯船から顔を出す。ちょっと苦しくて、ゼコゼコって息を吸い込んで。
 ……ンッ、お湯のんじゃったかも。
 これはちょっと勘弁。おいしくないんだもの。

 きみがこだわる柔軟剤のにおいと、手触り。お気に入りの寝間着も。
 湿った髪のままで、においに誘われて。

 「あ、ちょうどよかった。お夕飯できましたよ」
 「…………んふ、おいしそう」

 きみの周りは色がたくさん。きらきらしてて、あったかくて、ちょっと眩しい。きれい、きれい。ぼく、とっても好き。
 今日は海老のビスク。
 ホタテとか白身とか……海藻とか、具沢山。
 なるべく海藻は避けてスプーンを差し込む。

 「おいし」
 「よかった! あなたの口に合って」

 ふわ、って笑うきみ。
 いろんな色を持つきみの笑顔は、一色じゃない。ぼくがその色の一部って思うと、すっごく気分がいい。
 もっとたくさんの感情とまざりたいね。

 お夕飯のお片付けはぼくの仕事。
 今度はきみの番。パタパタ……ガチャ、……って音。思わず耳を澄ませちゃうよね。
 そしたら、

 「わッ、鯨ッ⁉」

 やば、ぼくの色、置いてきちゃった……。




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