あにの川流れ

Open App

#色とりどり


 お湯って透明。
 透明ってことは色が何も残らなかったってこと。ぜんぶ透き通って向こう側を光らせる。
 お風呂もおなじ。ぼくの肌が透けてぷかぷか、ゆうらゆら。だから同じようにぼくの思考も浮かばせるの。
 頭の先まで浸かって。……足は出ちゃうけれどね。

 ――――ちゃぽん。

 真下にはきれいな浅紅色。
 渦巻きみたいに花びらがぼくを囲んで、流れがかわった透明色が肌を撫でてゆく。
 まばたきをするたびに、シャッタースピードを落としたみたいに目の前を通り過ぎて。ぶわ、ぶわ、こぼれるぼくの息と一緒に上へ上へ。

 そのままぼくは下に落としてゆくの。ちゃぽ、ぼこぼこ、ゴォォオ……、音が響いて。

 こしょこしょ、って肌をくすぶる感覚。
 目を開けたら強い色をまとった魚がふよふよ、ぼくにあいさつ。青、黄色、オレンジ。射し込む光の筋と照らされて遊色を放つ銀の皮膚。
 足許にもそういう模様の絨毯みたいに、たくさんの群れが。
 ピンク色のサンゴ礁と緑のうみ草。
 ……ぼく、海藻サラダはきらいだけれど、海で見るのは結構好き。

 水槽の中みたいにぽこぽこ、泡が昇ってゆく。ぼくもそれを追いかけたくなるけれど、う~ん……まだいいかな。

 なんて思ってたら、ボコボコボコッて口から泡が吹き出すの。だってびっくり。上を向いたらおっきな鯨がいるんだもの。
 王冠をかぶった、さくら色の鯨。
 背中にはぼくの理想がたくさん載っていて、ぼくもあそこにゆけたらいいなぁ、って思う。
 鯨のまわりにはいろんな種類の花びらが、飛沫みたいについてくの。いつもぼくは白い花びら――ユリに惹かれる。

 いいなぁ、いいなぁ、たくさんの白いユリに埋もれて眠りたいなって、そのときに浮かぶの。

 でもうっとりしてるとね、きみがぼくのこと、呼ぶの。いつもみたいにやさしくじゃなくて、もう、すっごく大声で。
 だからね、仕方ないなぁって。

 だんだん水色に浮かぶ鮮やかが色を失って、失って、どんどん、どんどん。
 ――――それで肌色。ゆうらゆら。

 ざぷん。
 湯船から顔を出す。ちょっと苦しくて、ゼコゼコって息を吸い込んで。
 ……ンッ、お湯のんじゃったかも。
 これはちょっと勘弁。おいしくないんだもの。

 きみがこだわる柔軟剤のにおいと、手触り。お気に入りの寝間着も。
 湿った髪のままで、においに誘われて。

 「あ、ちょうどよかった。お夕飯できましたよ」
 「…………んふ、おいしそう」

 きみの周りは色がたくさん。きらきらしてて、あったかくて、ちょっと眩しい。きれい、きれい。ぼく、とっても好き。
 今日は海老のビスク。
 ホタテとか白身とか……海藻とか、具沢山。
 なるべく海藻は避けてスプーンを差し込む。

 「おいし」
 「よかった! あなたの口に合って」

 ふわ、って笑うきみ。
 いろんな色を持つきみの笑顔は、一色じゃない。ぼくがその色の一部って思うと、すっごく気分がいい。
 もっとたくさんの感情とまざりたいね。

 お夕飯のお片付けはぼくの仕事。
 今度はきみの番。パタパタ……ガチャ、……って音。思わず耳を澄ませちゃうよね。
 そしたら、

 「わッ、鯨ッ⁉」

 やば、ぼくの色、置いてきちゃった……。




1/9/2023, 8:43:24 AM