──祝福はいらない。
いつか結婚式を挙げたいんです。
二人だけで、
誰にも気づかれない場所で、
いつもと何も変わらない服を着て。
ベルを鳴らしては駄目ですよ。
だって、こんなに幸せなのが見つかったら、
神さまに怒られてしまうから。
だって、こんなに素敵な人が見つかったら、
神さまに取られてしまうから。
祝福なんて必要ないんです。
これ以上幸せになったら怖くて仕方がないから。
これ以上愛をもらったら離れられなくなるから。
どうせ天国には行けないんです。
地獄で悪魔の祝福でも受けましょうか。
私、あなたといっしょなら。
怖いものなんてないんですよ。
(ベルが鳴る)
──あの人が帰ってくるまで、あと。
窓の外から、どさり、となにか重いものが落ちる音がした。読書を中断してそちらへ目を向けると、一面が真っ白だった。
「え……?」
雪だ。
本にしおりを挟んで立ち上がり、締め切ってある窓に近づく。どうりで朝から冷え込むと思った。雪が降るほどの気温なら納得だ。
「寒い……」
羽織っているカーディガンを握りしめて、静かに身を震わせる。家の中をどれだけ暖めても、窓のそばは冷える。
特に、いつもより人がひとり少ないような日は。
「……」
あの人は、旅先で寒さに震えていないだろうか。
いくら旅慣れしているといっても真冬だ。宿が取れないなんてこと、起こらなければ良いのだけれど。
吐息で白く曇ったガラスをそっとなぞって、口からこぼれそうになる寂しさを堪える。声にしたところで、待ち人が早く帰ってくるわけでもない。
ただ、ため息を吐くくらいは許してほしい。
さらに曇って外が見えなくなった窓から離れながら、今日の夕食は友人と摂ろうと決めた。
(寂しさ)
──遠くへの手紙。
あたたかい寝巻きを買いに行こうと約束しましたね。あなたはずいふん寒がりで、冬の朝がとても苦手だったから。あなたの好みに合わせた濃さのコーヒーを淹れて、どうにかリビングに連れてくるのに苦労しました。
揃いのマフラーを買おうと言ってくださったのはいつだったでしょうか。みぞれが降っても霜が降りても、いっしょに出かけたかったから。お互いの髪の色や瞳の色と合わせようと言ってみたりして、とても楽しい時間でした。
雪が降ったらゆきだるまを作りたいと願ったのを覚えていますか。幼い頃は、寒い日に外で遊ぶなんてことは許されなかったから。にんじんを鼻に、バケツを帽子に、枝を手にするんだと知って、とっても驚いたんですよ。
そちらでは雪は降りますか。寒さも暑さもない、ちょうどいい過ごしやすい気候なんでしょうね。雨も降らないんですか。それなら虹もかからない?
雪に似た、白い羽が降っているんでしょうか。もしかしたら、今のあなたにもその羽はあるのかもしれませんね。
あたたかい毛布にくるまっておしゃべりすることも、互いの瞳の色のマフラーを巻いて出かけることも、地面に足跡をつけながらゆきだるまもつくることもできないけれど。
大丈夫だから、安心して待っていてくださいね。
何も心配なさらないでください。
あなたがいなければ生きていけないけれど、あなたがいなくても呼吸をすることはできるのですから。
(冬は一緒に)
──なお、二人とも寝不足である。
「ねえ、サラマンダーは水浴びをすることがあるって聞いたことあるかしら」
「昔、図鑑で読んだような気がします。火を吹いた後、上がりすぎた体温を下げるために川や海に浸かるんですよね」
「そうよ、流石の知識量ねぇ。私、実際に見たことあるのよ」
「火山にでも住んでたんですか……? サラマンダーの生息域はこの辺りではないですけれど」
「違うわよ、はぐれサラマンダーよ」
「あ、なるほど」
「それでね、あいつらって尻尾に火がついてるでしょう」
「ええ」
「そこが水に浸かるのが嫌なのか、尻尾だけ上げて水の中にしゃがみ込む感じで水浴びするのよ。それがなんだかクロコダイルみたいで可愛くて」
「かわいい、ですか」
「おいしそうとも言うわね」
「食べ……?」
「意外といけるわよ、ワニ肉。今度食べさせてあげるわ」
「どんな味なんですか?」
「鶏肉みたいでさっぱりしてるわね」
「じゃあ唐揚げにでもして……」
「あなた、結構食い意地張ってるわよねぇ……」
(とりとめもない話)
──早く元気になりますように。
(風邪)
後日加筆します