──なあ、明日は何を着て出かけようか。
「寒ぃ……」
ローブの袖に手を入れて、震えながら渡り廊下を歩く。天気予報を見逃しただけでこんな事になるなんて。おかしいな、日頃の行いは良いはずなのに。
「この寒さで夏用のローブを着るとは……馬鹿なのか」
「うるせえ、昨日暑かったから今日もそのままだと思ったんだよ」
隣を歩く恋人は、厚手の冬用ローブを羽織って冷たい空気の中で平然としている。もしかして寒さに強かったりすんのかな、水と氷使いだし。
「あー、手ぇ冷たい。ほら、氷みてえ」
「手を突っ込むな、冷たい、やめろ、おい」
「良いだろー」
隙を見てローブの中の腕に手を巻き付ける。あったかい。俺より細いのに、なんでこんなぽかぼかしてんのお前。あ、服装の違いか。
「やめろと言っているだろうが。なんだ、それとも濡れ鼠にされたいのか」
「待って、流石に風邪引くわ」
暖をとっていた相手が杖を構えるのを見て、慌てて手を離す。この気温の中でびしょ濡れは勘弁だ。しかもこいつが出す水冷たいし。
「仕方がない、手を出せ」
「ん? はい」
教科書を抱えたまま手を差し出すと、目の前で小さく杖が振られた。
「おお?」
冷え切っていた両手がじんわりと温もりを帯びる。手だけ暖房に当たってるような感じだ。
「結界魔法の応用だ。しばらくは続くだろう」
「おー、あったけえ!」
(衣替え)
後日加筆します。衣替えが難しい天気が続きますね……。
──君のせいでお腹が捩れそう!
「ふふっ、あは、ひっ、ふ、あはははっ!」
「……ねえ、そんなに面白いかい」
「ふはっ、ふぐっ、ごめ、あははっ」
フローリングに頰をつけて、苦しいくらいに笑い転げる。だめだ、止まらない。お腹に力を込めて抑えようとするけれど、全然落ち着いてくれない。
「ふふ、ふっ、むりっ、」
「……」
じっとりとこちらを見てくる視線を感じる。そんな目で見られてもしょうがないでしょ、面白くて仕方ないんだから。
(声が枯れるまで)
後日加筆します。笑い声を書いていると書く側まで楽しくなりますね……。
──言葉より雄弁な。
同居人はお喋りが好きらしい。
仕事場に行く途中に咲いていた花の色から上司の失敗談まで、その日の起きたことを事細かに話してくれる。優れた頭脳のせいか、同じ話は二度しないし、読めない展開にはらはらさせられる。
くだらない事を笑いながら話す姿を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。それは、同居人が日々を穏やかに過ごせていることの証明にもなるからだ。
出会ったばかりの頃は、何かに追い立てられるようにずっと机に向かっていて、余裕が無いように見えた。実際、大事なものを守るために必死だったと知っているけれど。
ただ、いくら同居人が愛しいといっても、一緒に暮らしていれば不満も出てくるわけで。
「それで?」
「なに」
「その泣き腫らした目は何かな?」
「……」
帰ってきたら明らかに泣いた後ですという目元の同居人がいた。何も言わないから本でも読んだんだろうと思ってそっとしておいたら、やけにこちらに視線を向けてくる。
これが不満だ。普段はなんでも話すのに、本当に言いたいことは心の底に押し込んでしまう。しまい込んで押し込めて見ないふりをした先が、良い結果じゃ無いことなんて目に見えてるのに。
でも可愛いのが、言葉を押し隠する代わりに、話したいことがあるとじっとこちらを見つめてくる癖だ。
(始まりはいつも)
後日加筆します。テストから解放されるまで後少しです。終わったら沢山書きます……!
──会いたい、あいたい、声が聞きたい。
机の両脇に積み上げられた書類の束を睨みつける。三日ほど前から全く減る様子がない。むしろ増えている気さえする。一日に何十枚と捌いても、それを上回る速度で捌いた量よりも多くの書類が届けられるからだ。
いくら繁忙期といっても限度があるだろう。優秀な部下たちのおかげで最低限の仮眠の時間は確保できているが、それでも疲労は蓄積されていく。ブラックコーヒーにも飽きてきた。そろそろ医局に行って回復薬を貰ってくるべきか。
何より、家に帰ることができないのが大きなストレスだ。ここ一週間、執務室にこもっているのもあって、婚約者の顔を見ていない。向こうも魔獣の大量発生に局員総出で対処中だと聞いた。
「……はぁ」
小さな文字を追い続けている眼が、ちくりと痛んだ。片手で目元を覆って、深く息を吐く。暗くなった視界に、鮮やかであたたかな橙がほのかに光った気がした。そろそろ限界が近いかもしれない。
……橙、か。
ふと、あいつと一緒に蜜柑が食べたくなった。
繁忙期が落ち着いたら買って帰るか。そう思うと、机に積み上がった書類の山が先ほどより少なく思える。単純なものだと自嘲して、使い慣れた万年筆を握り直した。
(すれ違い)
心のすれ違いも良いけれど、なかなか会えなくて思いが募っていく、物理的なすれ違いも好きです。
──世界でいちばん好きな色。
秋は雨が多いくて良い。
そう恋人が言ったのは、まだただの友人関係だった頃だ。いつもより弾んだ声で、心なしか口元を緩めていた。
雨が好きなのか、と聞いたら水魔法使いだからと返ってきた。脈絡がない話にぽかんとしている俺に気づいて、水に関する魔法の性質を話してくれたのをよく覚えている。
俺が森や草原で土を操りやすいように、周りに水があると水魔法も使いやすいらしい。雨が降っていれば、その周り全てがあいつの味方ということだ。雨の日だけはあいつを怒らせないと決めた。
あのいつもの無表情が少しだけ緩みやすくなるのは嬉しいことだけど、俺は晴れた日の方が気分が上がる。青空は、あいつの目の色だから。
って話を何度も本人に言ってたら、とうとう照れてくれなくなった。またか、みたいな目で一瞥されて読書に戻ってしまう。酷い。
(秋晴れ)
後日加筆します……