──会いたい、あいたい、声が聞きたい。
机の両脇に積み上げられた書類の束を睨みつける。三日ほど前から全く減る様子がない。むしろ増えている気さえする。一日に何十枚と捌いても、それを上回る速度で捌いた量よりも多くの書類が届けられるからだ。
いくら繁忙期といっても限度があるだろう。優秀な部下たちのおかげで最低限の仮眠の時間は確保できているが、それでも疲労は蓄積されていく。ブラックコーヒーにも飽きてきた。そろそろ医局に行って回復薬を貰ってくるべきか。
何より、家に帰ることができないのが大きなストレスだ。ここ一週間、執務室にこもっているのもあって、婚約者の顔を見ていない。向こうも魔獣の大量発生に局員総出で対処中だと聞いた。
「……はぁ」
小さな文字を追い続けている眼が、ちくりと痛んだ。片手で目元を覆って、深く息を吐く。暗くなった視界に、鮮やかであたたかな橙がほのかに光った気がした。そろそろ限界が近いかもしれない。
……橙、か。
ふと、あいつと一緒に蜜柑が食べたくなった。
繁忙期が落ち着いたら買って帰るか。そう思うと、机に積み上がった書類の山が先ほどより少なく思える。単純なものだと自嘲して、使い慣れた万年筆を握り直した。
(すれ違い)
心のすれ違いも良いけれど、なかなか会えなくて思いが募っていく、物理的なすれ違いも好きです。
10/19/2024, 11:38:28 AM