柳絮

Open App
10/5/2023, 3:04:18 PM

踊りませんか?


「うふっふー」
ガチャン、と自販機から吐き出された緑茶のペットボトルを拾う。
「懐かしいですね」
「知ってんだ? 世代じゃないでしょ」
「CMで」
あーこれね、とお茶を掲げる。缶コーヒーで指先を温めていた部下は、思い出すように首を捻った。
「何でしたっけ、なんとかの勲章とか」
「それは違う曲ね」
「え?」
「CMでしょ。2曲が上手いこと繋がってんだよね、あれ」
「え……初めて知りました」
あはは、と笑うと息が白く凍った。





巡り会えたら


運命の人。

恋愛とか結婚とかそういうのは置いといて、人生を変えるきっかけをくれた人。
例えば、小学校の先生。パン屋さんになりたい、だなんて幼い夢をあしらうことなく、真剣に道筋を示してくれた人。
例えば、高校の友人。小麦アレルギーで、パンなんか見るのも嫌で、でも本当は誰よりもパンに憧れていた人。
例えば、働き始めたホテルの料理長。甘えと妥協を易々と見抜き、厳しく指導してくれた人。

貴方もきっと気づく。運命に。




奇跡をもう一度


「君に出会えたことは奇跡だった」

なんでよ。馬鹿じゃないの。そんなクサイ台詞。キャラじゃないし。
走って、走って走って走って走って。
人波を走り抜けて、時々ぶつかって、謝りながらまた走る。息が弾む。喉が干上がる。
足が絡まって転びかける。何とか持ち直すけど、足が止まった。それでも顔だけ上げて周囲を見回す。人、人、人。その中に彼の姿はない。
奇跡だっていうなら、もう一度起きろ。
悪態をついて、また駆け出した。

10/4/2023, 1:25:50 PM

たそがれ


「こんばんは」
夕闇の中で声をかけられ、足を止めた。
「あ……こんばんは?」
知り合いだろうか。顔が陰になってよく見えない。男性。声の感じは中年か壮年くらい?
「今お帰りですか。お疲れ様です」
「どうも。……そちらもです?」
「ええ、まあ」
誰だろう。近所の人? 友達のお父さん? 職場関係?
「あまり無理はしないように。最近お参りもしてないでしょ」
確かにそうだ。
「って何で知って、」
気づくとその人はいなくなっていた。




きっと明日も


「虹の足元? ここが?」
息を切らした少年達が頷く。空を見上げてみるが、雲の切れ間から青空が見えるだけだ。梢から雨粒が滴り落ちた。
「虹の下にはお宝があるんだよ」
一番小さい少年が拳を握る。彼らは宝探しに来たらしい。
でも、そうか。宝物はないけれど、ここには確かに私にとってのお宝がある。
ようやく咲いた思い出の花を紹介すると、彼らもまた顔を輝かせた。
きっと明日もどこかで虹がかかる。誰かの幸せが空にかかるのだ。

10/2/2023, 10:41:39 AM

静寂に包まれた部屋


チク、タク、と時計の音が響く。沈黙の中に、パラ、カサ、と時折ページがめくられ紙が擦れる音が混ざる。
パタン、と本を閉じたのは、黒髪の少年だった。感慨深そうに表紙を撫でると、顔を上げて部屋の主を探した。
銀髪を緩くまとめた部屋の主は、安楽椅子に身を預けて文字に目を走らせていた。それがまだ中盤であると見て取った少年は、新たな一冊に手を伸ばした。
それが交互に繰り返されていることを知るのは、時計だけだった。





別れ際に


「バイバイ」

変だな、と思った。いつもなら、またね、と言うのに。でも、その日はいつも以上に楽しくて、はしゃいで、笑ったから、その幸せな余韻が残っていて、深くは考えなかった。同じように「うん、バイバイ」と返して、手を振り合って別れた。別れてしまった。
それが最後になるなんて。
そうとわかっていれば。あの違和感を見逃さなければ。問い詰めていれば。
違う。例えそうしても、きっと彼女は本当のことなど言わなかった。





通り雨


「うひ〜冷たい!」
濡れた髪をタオルで拭う。ついで服と鞄の水も払えば、小さなハンドタオルはぐっしょりと重くなった。
飛び込んだ軒先は、古い民家のようだった。手持ち無沙汰に見回すと、レースのカーテンがかかった窓からぬいぐるみがのぞいている。首から看板を下げていた。
「アンティークショップ……ぱらぷるー?」
「はい。よかったら中へどうぞ」
「へ!?」
クマが喋った!? と思ったら、玄関から男の人が顔を出していた。




秋🍁


カサカサ、と足の下で乾いた葉が砕けた。
一歩、もう一歩と踏むたびに心地よい感触と音がして、段々足取りが軽くなる。さらに奥へ踏み入ると、たくさんの落ち葉を着込んだ山は空をも黄色く染め上げて、やがてくる冬に備えて最後の彩りを散らしていた。
息を深く吸い込むと、煙の匂いがした。目的を思い出して急ぎ足を進める。大木を越えると山が開けて、足元は土に変わった。パチパチと火が燃えている。
「来た来た。焼き芋できたよ」

9/25/2023, 3:22:45 PM

窓から見える景色


白い壁に、葉が落ち切る間際の枯れ木の絵が描いてある。
有名な小説にちなんだそれは、春も夏も秋も変わらず寒々しい枝を晒していて、どうにも寂しい気持ちにさせた。どうせならもっと楽しい絵にすればよかったのに。
そう言うと、隣のベッドの典文くんはおかしそうに笑った。
「明るい絵にしたら暗い気持ちの人に怒られるんだよ」
「えー」
「じゃあ美羽ちゃんならどんな絵にする?」
2人で描いた絵を窓に貼った。
1人になっても。


※「最後の一葉」オー・ヘンリー

9/25/2023, 6:56:48 AM

形の無いもの


「形の無いものって、得てして大切なものじゃん?」
例えば、愛。感謝。恩。思い出。
「だからそれを得るためにお金をかけて済むものなら、かけたらいいと思うんだよ」
「その理論でいえば、愛もお金で買えばいいってことになるけど」
「愛情を表現するのにお金をかけるのは悪いことじゃないってこと」
ふうん、と彼女は腕を組んだ。
「つまりソシャゲのガチャに大金注ぎ込むのも愛情表現ってわけ」
「形無きソシャゲ自体も大切なものさ」

Next