「逆光」
「わーっははは!どうだ!参ったか!」
ここは海岸。沈みゆく夕陽を背に、彼女は俺の前に仁王立ちしている。
「あぁ、参ったよ。降参だ」
「……毎度の事だけど、本当にそう思ってるのかぁ?」
「思ってるよ。そんな後光を背負ったお前に、カッコ良さで勝てるビジョンが見えない」
そう、俺たちは今【どれだけかっこいいシチュエーションで相手を圧倒するか】というよくわからない勝負をしている。
なんでこの勝負がはじまったのかも覚えてないが、彼女と帰る放課後には必ずこの勝負をしている。
ちなみに、勝者はいつだって彼女だけだ。
……俺は彼女に勝つ気がそもそもない。
理由は単純で、俺が彼女に負けを認めさせてしまったら、この夢が醒めてしまうからだ。
彼女はもう現実には居ない。まばゆい光に包まれて、消え去ってしまったから。
……さながら今のような逆光に照らされて。
ふと、強い風が俺たちの間を吹き抜ける。思わず自分の【長い髪】を抑えた。
時刻は夜。冷たく美しい満月が俺を照らす。
彼女からみればそれは逆光構図で……
「かっこいい……!やっぱり、1番かっこいい【女の子】選手権はアンタの勝ちだよ!」
瞳をぱぁぁぁっと輝かせる彼女。
「な、まっ、待ってくれ!?」
それを認めちゃ駄目だ。俺はかっこよくなんて無いんだ……!
「だからさ、もう、ここから歩き出して欲しい!あたしが認めたクールガールなんだから!」
今までで1番の笑顔を見せて、彼女は光の粒子となって空に舞い上がっていった……
「こんな夢を見た」
ふと目を開けると、そこに広がっていたのは……見たこともない景色だった。
……いや、景色と呼んでいいものかも怪しいほど、無機質な空間だった。
そこにあるのはワンセットのテーブルとイスだけ。
壁も天井も無く、空も無い。
床を見ると足元には波紋のようなものが拡がっている……水面なのだろうか?
しかしながら沈むような気配もなければ、足を強く踏み込んでも水飛沫があがる様子もない。
立っていても何も起こらないので、とりあえずそのイスに座ってみる。頭の中で100ほど数えたあたりで、深いため息が思わずもれる。
「座っても何も起こらない……」
いや、じゃあ一体どうしたらいいんだ……?
というかこの空間本当になんなんだ……
非現実的なあたり、多分夢なんだろうけど、だとしてもこの夢はなんなんだ……
何もない空間の夢には、確か物事の整理が出来てるだとか、新しいことが起こる?だとかそんな意味があると、友人は言っていたっけ。
「だとしてもこれはちょっとなぁ……」
静かすぎるし何もなさすぎて、逆に疲れている感じがする。
「いっそ寝てみたら醒めたりなんて」
「しないぞ」
「しないのか……ん?」
周囲を見る。しかし声の主は見当たらない。
「足元だ。よく見ろ」
言われるがまま見てみれば、そこに居たのは……
「……はっ!」
勢いよく起き上がる。冷や汗で全身びしょびしょだ。
「……やっぱ夢か……」
自分の足元にいたのは、大怪我をした自分だった。
「夢、だけど。気をつけろよってことかね……」
後日、「こんな夢を見た」と友人に相談してみたところ
「まぁ怪我に気をつけときなー」
と軽く言われて終わった。
ちなみに、それから数年経っているが今のところそんな大怪我をした経験はない。
……ホントなんだったんだあの夢……?
「タイムマシーン」
今思えば、なぜ自分はこんなことをしているのだろう?
なぜ、この仕事についてるんだろう?
……人間というのは強欲な生き物だ。過去を変えたいだとか、未来を知りたいだとか……そんな夢みたいな事を言う。
例えば、タイムマシーンなんてその象徴だろう。
けれど、過去や未来に干渉すると、その歪みを世界が戻そうとして、起こらなかったはずの悲劇が訪れたりする。蝶が羽を動かすと、どこかでハリケーンが起こる……なんて例え話が有名か。
まぁそんなことはともかく。今日もまた哀れな人間たちを走馬灯に送らなければ……それが自分の仕事なのだから。
「そういえば、これも一種のタイムマシーンみたいなものなのかね」
自分の過去限定だが、本人が忘れていることさえ追体験できるのだから、タイムマシーン過去版と言っても別におかしいことは無いだろう。
「いや……走馬灯とタイムマシーンはどう考えても違うか。あぁ、疲れてるな……自分」
これが終わったら、泥のように眠ろう。うん、それがいい
「特別な夜」
今夜は特別な日だ。なんでも30年に1度しか見えない星が近づいてきているのだという。
その星を見ることができた者には、奇跡が訪れるのだそうだ
それを愛しの彼と一緒に見る、素敵な約束。
……きっと一生の思い出になるだろうな
それに私には彼に伝えなければならないことがある
期待と不安に胸を膨らませ、夜を待った……
けれど、その星が見えることはなかった。
突然の雨で空は鈍色に染まり、星どころか月さえ見えないほどだった
「また30年後に一緒に見ればいいさ」
なんの気も無しに彼は言うけれど、それでは間に合わない
私と彼では、生きる時間が違いすぎるから
彼には2度目があっても、私にそれが訪れることは無い
そしてそのことを、私は彼に伝えられていない
今夜、その星を見ることが出来たら覚悟を決めて伝えようと、そう思っていたのに……
……特別な夜は、私に奇跡を運んでくれることは無いんだね
「海の底」
暗くて、冷たくて、静寂に包まれた海の底。
この静けさに安らぎを感じはじめたのはいつの事だっただろうか?
……確か、かけられる感謝や肯定の言葉全てが痛く感じるようになった頃と同じくらいだったっけ……
じゃあ、あの雑音から逃げ出して、自ら意識を沈めたのはいつだっただろうか?
……いや、違う。私が自分の意思で逃げたんじゃない。
だって私は、その言葉たちとその想いが……痛いなりに受け止めようと頑張ったはずだ。
この痛みは、私の心が感情を忘れていない証だから、と。
なら、なぜ私は今この場所にいるの?
何も感じなくていい、揺蕩うだけでいいこの場所に
「キミが、もう壊れてしまいそうだったから」
「キミを壊すのはボクがいい」
「だから、キミが望んだようにしたんだよ」
静寂と深淵と空虚に満ちたこの海の底に、送ってあげたんだからさ?