キャンドル
お洒落な部屋で生活したいと言っていたら、ある日友人がキャンドルをひとつプレゼントしてくれた、と君が目の前で嬉しそうに話す。わずかに嫉妬心が孕んだのを悟られないように、自然な笑顔を拵えつつ、そうなんだ、と相槌を打った。
彼はその新しい刺激の一部始終をこちらに伝えようと懸命にボギャブラリーを駆使する。どのように受け取ったのか、どこに飾ったのか、いつ使ったのか、香りはどうだったか、次はどうしようかとか。しかしその全ては自分にとってはそれほど重要な情報ではない。君が嬉しいことだけは伝わった。でも、その笑顔を与えられたのは自分ではない。その事実が、安易に話題に乗ることを阻む。
聞いてる?と君は話の途中で窺う。聞いてるよ、と取り繕って答えた。些細な変化すらも伝わってしまう自分達の距離感を今だけは恨めしく思った。
「お前の部屋にあるの見てちょっと憧れてたんだよな〜」
「へ?」
今になって良さがわかった気がするわ〜とさっとスマホの画面で時間を確認して立ち上がり、さらっと爆弾を仕掛けてさっさと姿を消していった。
残されたのは暗澹たる思考をぶった斬られて、少しのいい気分だけ。なんて奴だろうか。
2024/11/20
冬になったら
元来寒いのが苦手だと感じてはいるのだけど、このところの温暖化の影響を受けて、断然冬派になってしまった。
昨日までの暖かさを思うと、まだ本格的な冬の装いにはほど遠いように感じるが、冬服を手に取っては頭の中でコーデを組む、ということを日々服屋さんで試している。セールのタイミングなども考えて、買ってはいない。だけど何を着ようかなぁと考えてる時間は苦しくも楽しいものだ。
2024/11/18
街の明かり
コロナ禍では地方移住や田舎暮らしなどがもてはやされているようだったが、密集した住宅街で生まれ育った身でありながらいまだに利便性に勝るものが見出せていない。父は学校に通うために山を登り下りしていたような田舎の出身であるが、やはり自然に身を置く時間が必要らしい。頻度は減っているものの定期的に山へ赴く。
そのように生まれ育った環境というものにより、ノスタルジーもまた感じる景色は別なのだろうと思う。先日、用事があって遠出をした際、数日山と海ばかりを眺めて過ごしてから帰宅するバスの中で、少しずつ増えてくる街の明かりに安堵したものだった。あれは、それに似たものではなかっただろうか。
2024.7.9
日差し
新しい日傘を手に入れてから、夏のお出掛けも以前よりは楽しくなっていたのだが、それはそれ、気温も湿気も年々身体に堪える。温暖化対策にもっと協力しておけばよかったのかもしれないとすら考える。
しかしそんな不快感が優位な季節も、一年で最も彩度の高い景色を屋内から覗いてしまうと、不思議と心が踊って、後悔するのはわかっていても外出したくなる。気づけば予定を頭の中で整理して、週間の天気アプリをチェックする。この日はどこへ行こうか?そんなことを考えるのはいくつになってもわくわくしてしまうのだ。
2024.7.3
夏
まだ乾いていないアスファルトが強い陽射しを受けて黒を艶めかせていた。夜中の急な雨の記憶をまるごと奪い去るかのような天候だ。頭上から降り注ぐ太陽光は昨日までの弱々しかったそれと全く違う強さで、髪の毛を通り越して皮膚を焼く。
一晩で季節が変わっていたのだ。夏がきてしまった。