1年後
社会に出て随分経つので、10年、20年後のことが来年程度の感覚となってしまった。20代の頃はまだ計画性をもって生きねばという意識があったが、いつの間にかまず生きることが最優先事項となった。仕事にせよプライベートにせよ、予想外のアクシデントが日常となり、生活をするために計画は塗り替えられる。そのうちに計画というものに諦めをつけることが習慣づいてしまった。
来年というものが近未来程先のことのように感じていた学生の頃は、社会を知らず人生を知らずしあわせな時間だったのだなぁと実感せずにいられない。
2024.6.25
子供の頃は
一番最初の記憶は、夕暮れ時にアスファルトに並んだふたつの影だ。背中に優しい時間の経過を感じながら、手を繋いで覚えたての童謡をふたりで口ずさんでいた。その足下から延びた影の大きさは殆ど変わらない大きさだったっけ。
「あれ、何か怒ってる?」
今の影の長さの差と記憶のそれを比べていたら、頭ひとつ分上から幼馴染の声が振ってきた。どうやら表情に出ていたらしい。
「べつに」
あの頃より随分大きくなったその手を取ると、嫌がらせの如くこちらへ引っ張った。わ、と小さく声を上げるのを見てしてやったり、と思うのだった。
2024.6.24
好きな色
幼少期よりピンクが好きだったが、小学生も高学年に入ると、ピンクが好き=ダサいみたいな風潮が広まった。ブルーが好きといえば正解、少しでも違う色を言うとよろしくなぃみたいな。輪からはみ出るのが怖くなって、わたしもブルーが好きかも、となった。今考えるとくだらないことだが、当時小学生の世界はそうでなければ世渡りがうまくいかない気がしていた。
今は堂々とピンクが好き!と言えるような大人になった。
まあでも、推しカラーも好きな色のひとつに加わって本当に1番は決め兼ねるけれど。
相合傘
午後から雨が降ることは朝の情報番組で知ってはいた。玄関を出る瞬間に傘立てを気に掛けたが、マンションの扉は強い日差しによってすでに熱くなっていたため、すぐに傘を持つことをやめてしまった。
「いってきます」
おそらく朝の支度の真っ只中であろう母に向けて口にしたが、届いてはなさそうだった。
待ち合わせの階段の下、ほんの半日ぶりの幼馴染がスマホを片手に元気よく振り向いた。
「はよ」
「おう」
マンションの隙間から差し込む光が彼の明るい髪をよりきらめかせるので、思わず眩しくて目を細める。雨よりも夏の気配を感じた。
「ねえねえ、小テストの予習やった?」
「俺がやったと思うか?」
「よかったー、俺だけじゃなかった!でもやばいから問題出しながら行こ」
「おー」
ところでさ、と彼は言う。
「今日雨降るよ?」
「あー…」
自分よりも少し背の高い彼を見上げると、少し心配げにこちらを向いている人の好い柔らかい瞳とぶつかる。その手には長傘。その柄を小突いて言った。
「けど、お前傘持ってんじゃん」
「へっ?」