【あくねこ ラムリ―星座―】
空気の澄んだとある夜、見張り台では一人の男が髪をなびかせながら空を眺めていた。名はラムリ、星を眺めるのが好きな男だ。
「あれは…アンドロメダ座だ…」
空を見つめながら一つぽつりとつぶやけば、まるでその星言葉が自分に重なるようで少し恥ずかしかった。真っ赤に頬を染めたが、たった独りの空間で何を恥ずかしがっているのだと、我に返った。
「ラムリ、ただいま。」
振り返るとそこにはデビルズパレスの主がいた。
「どこに行ったんだろうと思って探しに来ちゃった。」
「あ…!ごめんなさい主様!すぐ部屋に戻りましょう、最近は涼しくて、寒暖差で風邪をひきやすいですからね。」
そうして見張り台を後にしたラムリだが、きっとこの星座の事をラムリはずっと忘れないだろう。
星は瞬く。だが星たちは言わない。その秘められた思いを一人抱えて自らの心に気づく。
執着心と情熱的な恋、ラムリの脳裏に焼き付いて離れない言葉。
【あくねこ ラト―空が泣く―】
何故ですか?何故泣いているのですか主様。私は生きています。ほら、こうして私は天使に勝つ術を探していますよ。
そう話しかけても主はいない。もう何年もみんなに会えていない。今は皆どうしていることやら。天使の大群に襲われてから何年経ったことやら、其れ以来会っていない。
空が…主が泣いている。天使を…どうにかする日が来る日まで。
【あくねこ ベリアン―君からの連絡―】
先程まで晴れていたはずが曇天になったことに気付き、その頬に冷たい風が突き刺す様に吹いて、そのモノクロの髪を揺らし乍ベリアンは空を見上げた。
「ロノくん…遅いですね。大丈夫でしょうか」
此処から少し遠くに天使が出たというので良いお店を探すついでに天使を倒してくる、とロノは出ていった。店を見ているのなら仕方ないとは思えない程とても時間が過ぎている。それにこの冷たく鋭く吹く風はもうじき雨が降るサインでもある。―もし知能天使と戦う羽目になっていたら…―そう思うと余計に不安である。だがもし仮にそうだとしても、同伴しているムーから何か連絡があるはず、増援を呼んでほしいとか。それさえも出来ない程なのだろうか…?何を考えてもベリアンの心をますます不安にさせるばかりだ。
「ベリアンさん」
視界の端に見える水色の髪。フルーレだ。
「…!フルーレくん…どうかしましたか?」
「さっき、手紙が届いたんですけど…」
「ロノくんからですね…、」
手紙が届く、つまり手紙が書けるというのは手紙を書くことができる余裕があったと言う事、ベリアンは心做しか安堵した。
―すみません、ベリアンさん。こっちじゃもうすごい雨が降ってて、雨が緩くなるまで雨宿りしてから戻ることにします。天使の被害も無いですし、主様も無事です、安心してください。―
「無事…なんですね、、」
本当に無事で良かったと心の底からそう思う。土産話をたっぷり聞かせてもらわねば。
【あくねこ ラト―命が燃え尽きるまで―】
今思えば出会いはほぼ奇跡見たいなものだったと思う、偶然やって来たただの人間が私達の主様になって、失いかけていた感情を取り戻させてくれた…取り戻させようとしてくれた、恐怖、驚き、悲しみ…様々な感情達を。私の主様になってくれてありがとうございます主様。
そんな思いとは裏腹、空を舞う蝶の様な、はたまた命を狙う天使のようにその空を舞い、手にしている短剣で天使を壊す。砕けていく天使たちの欠片はまるで蝶を引き立たせる鱗粉の如く視界を彩る。その美しくも殺伐とした空気を割く笑い声が二人。一人はラト、とても楽しんでいるようで。もう一人は…知能天使、スローンの声。人の命を狙い戦う事に高揚しての笑い、強者と戦う事に興奮しての笑い、どちらもあるように思える。
「ギャハハハハ!!!」
その高笑いはとても不愉快だが、それはラトをますます昂らせた。
「いいですね…!もっと聞かせてくださいッ」
一気にスローンの下へ突っ込んでいく。だがもう限界であることがわかる。太刀筋がぶれているから。そんな事も気にせずラトは戦い続けるものだから主はとても心配しただろう。なんて無力なのだろう、どうして私は戦えないのだろう、と。
スローンは天使を差し向け、時々自ら攻撃を仕掛けるだけなのだから、対して体力を消耗してはいない。圧倒的にスローンの方が優勢だ。もうやめて、戦わないでラト、そう思えどラトに届くわけもなく。スローンの攻撃はまるで空を割いて飛ぶ隼の様に真っ直ぐにラトへ伸び、考えるよりも先に咄嗟にその身を捩り横腹に攻撃を掠めてなんとか避けたラトだが体力があまり残っていない上に攻撃を掠めたので、宙を飛んでいた体はひらりと地上に引きつけられて行くのだった。ラトが落ちたそこには主が両手を広げて待っていた、途端に主は舞い降りたラトを抱きしめた。
「こんな傷だらけになって…」
「大したことはありません、戦わせてください?主様」
真っ直ぐな瞳でそう言われたとて許可することはできなかった。すると何故か、空を埋め尽くしていた天使が消えていく、何故だろう?スローンはセラフィムによって召集をかけられ去ったのだそう、それにつられ天使たちも去った様で。
「心配だったんだから…ラト…もうこんな真似はやめて」
「ですが私は、愛すべき主様を、この命が燃え尽きるまで守り切ると決めたのですが…。」
「ありがとう、嬉しいけど…ラトが死ぬような真似は嫌。」
この命が燃え尽きるまで守り切ると言われたのが少し嬉しかった主に呼応する様に、天は碧く晴れ渡った。
【FE風花雪月 ベレトス―夜明け前―】
瞬く星が朝日で消えるかと思われるよりも前、星がまだ自分であるという事を自覚して空に輝き、彼方が薄っすら明るいかと思われた頃、それは目覚めた。
5年も眠り続けた灰色の悪魔はその身を女神と共にしており、人間であるかどうかも危うくはあるが、果たさなければならない約束が彼にはあった。我が手で育てた愛すべき生徒との約束。5年後、千年祭の日に此処、ガルグ=マク大修道院で再会しようという約束。例え戦争の惨禍に見舞われていようとも関係無い。
まだ夜の方へ彼は歩き出す。
夜明けを求めて彼は戦うだろう。そして一人の男はこの世界を隔てる壁を壊し、フォドラの朝日を浴びるのだろう。
異国の地で育ち、自由と変革を齎さんとするクロードという名の男が―