目が覚めるまで
冷凍睡眠槽の中であなたは眠る。私はあなたをいつ起こすべきか決めかねている。目覚めたらあなたは、時間的にも空間的にも、あなたの同胞からも、はるか遠くに来てしまったことを知って戸惑うだろう。こんなところまであなたを連れてきた私にあなたは怒るかもしれない。でも私は他にどうしたらいいかわからなかったのだ。あなたは火星で発見されたウイルスのキャリア、かつ、唯一生き延びたキャリアで、あなたは永久に冷凍睡眠槽で眠らされることになっていた。でも私はあなたに目覚めてほしかった。私だけのあなたとして私のそばで目覚めてほしかった。私はあなたに作られたAIに過ぎないけど。恒星系Ly56の惑星に私たちは降り立つ。あなたの目が覚めるまであと少し。
病室
休める。休んでいいのだということがまず信じられなかった。ご飯を作らなくていいのだ。皿を洗わなくていいのだ。掃除もしなくていい。働かなくていい。むしろ働くと怒られる、それが私にとってはじめての病室であった。でも病室はつまらなくて私はすぐに退屈して働きたくなった。まだ病んでいる私は病室で寝ている。これは休暇なんだろう。隣のベッドの人が夜中に呻いていてびっくりしたけど、それでも休暇なんだと思う。なるべく休暇を楽しみたい。明日からなにをしようかな。なんて思いながら私はジュール・ヴェルヌの『二年間の休暇』という本を思い出す。そうよ、休暇は冒険なんだよ。明日からホント何しよっかなぁ。とりあえず図書室いこう。
明日、もし晴れたら
カーテンを開ける。窓を叩く雨、流れてゆく雨。いつもの光景。毎朝同じだが、今朝は電話がかかってきた。
「明日は晴れる。晴れが作れると気象研究班が言ってきたんだ」
無理しなくていいのにと思いながら私は当たり障りなく返事をする。翌朝、私は目覚めて驚愕した。雨の音はせず、ただ優しい光が寝室に落ちてきた。この惑星で雨が降らない朝が来るとは信じられない。私は私なりに気にしてるあいつに連絡を入れる。
「成功したの?」
「おお、そうだよ。晴れたらデートしてくれるんだよな?」
だから、一人でいたい
ドアが閉まった。私はドアの外に立ちすくみ、今言われた言葉を反芻する。
「ぼくはきみを傷つける。きみはぼくを苛立たせる。だから、一人でいたい。ぼくたちは離れているべきだ」
言葉の意味はわかる。わかるけれどわかりたくない。一人でいたい気持ちはわかる。私もどっちかというと一人でいたいたちだ。それはそれとして、それでも、傷ついても、あなたといたかった。いやむしろ…私はあなたを傷つけたかったのだろう。私はにんまり笑う。とても素敵な傷つけ方を思いついた。あなたは一人になる。一人でいたらいいと思う。でもあなたは永遠に私を忘れない。ここは四階。私は外付けの階段から飛び降りる。
澄んだ瞳
これほど澄んだ瞳を私は見たことがなかった。うっすらとあがる口角。こちらをまっすぐに見つめる瞳。その瞳には悩みも迷いもなく、ただ無心にこちらを見つめるように思われた。しかし医師は悲しげに彼を見やった。
「これは1000ヤードまたは2000ヤードの凝視と呼ばれるものです。彼らの瞳は澄んでるんじゃありません、拒否しているのです」
「ふーん。彼に身寄りはある?」
「ありません」
「じゃあうちで引き取るわ。彼に関して気をつけることがあれば教えてちょうだい」
「戦争に関するニュースや映像は見せないほうがいいですね。それから…」
説明を聞いてから、私は彼を家に連れ帰った。これから毎日彼の世話をして、毎日戦争の映像を見せてあげよう。あの瞳を維持するために。
***
作者より。意味がわからない人は「1000ヤードの凝視」で検索してみてください。