1日1小説 あなたは誰
「あなたはだーれ?わたしはねー、ユアン!んふふ〜!」
鏡に映る自分に話しける。私の一番の遊び相手。
ユアンは好きなアニメのキャラクターの名前!大好きなキャラクターなの。いつも明るくて、元気で、楽しくて、何かに負けそうになっても挫けないでいつも頑張ってるの。
私もユアンみたいになひとくて、いつも遊ぶ時はユアンの名前を使ってるの。
「今日はね、保育園でねー……」
その日何があったかをいつもお話するの。ママにもパパにもお話するけど、鏡に映る私に話すのが1番好き。いつもキラキラした笑顔で聞いてくれるから。とっても楽しいの。
「でも今日はね……」
悲しかったこともあったわ。パパとママが喧嘩しているの。今もずっと下で大きな声でお話してるの。何話してるのかは分からないけど、ママもパパも大きな声で酷いこと言ってるの。それを聞きたくなくて、いつも自分のお部屋で、大好きで可愛いお布団を被ってね、大好きなくまちゃんのぬいぐるみを抱っこしてね、鏡の私とお話するの。辛くないわ。大好きなものでいっぱいだから。
だからね、このほっぺに流れるお水は涙じゃないわ。
震えてないよ、私はユアンみたいにニコニコするのよ。
「ねぇ、もっと楽しい世界においでよ。」
「え?」
「こっちの世界では、パパもママも仲良しよ。いつも美味しいものが食べれるわ。ユアンもおいで?」
「…………いく。行くわ。くまちゃんも連れてっていい?」
「もちろん。」
────○○ちゃんが行方不明になってから1週間が経ちました─……。
1日1小説 手紙の行方
あの手紙は、どこに行ったのだろう。
ふと、過去に貰った手紙に思いをめぐらせた。過去、1度だけ貰った手紙。大事に取っておいたはずが、どこにしまっただろうか。
「え〜……。どこにやったかな……。」
心当たりのある場所をガサゴソと漁ってみる。懐かしいものが沢山出てきて、一つ一つ思い出に浸りたいところではあるが、手紙の行方が気になってそれどころじゃない。
大事な手紙。
絶対大切だからってどこにしまったと思うんだけど…。
全く心当たりがないどころか、しまった覚えはあるけれど、それ以外の情報は全く覚えていない。
あの手紙は、唯一あの人に貰ったものだ。
口下手で、いつも何を考えているか分からないあの人。
そんな人が、自分の思いを伝えたくて、書いてくれた大切な手紙。
「なにひへんの?(何してんの?)」
「大切な手紙探してる。」
「鏡台の引き出しの奥に、缶に入れてしまったやつ?」
「……それかも。」
見てみると、ビンゴ。
本当にあった。大事な物入れ。
お気に入りの缶に詰めた、自分だけの宝物。
1日1小説 輝き
あいつはいつも輝いていた。クラスの中心で、常に囲まれていて、あいつの周りは常に賑やかだった。
気も遣えるやつで、クラスの端っこで本を読んで静かに過ごしているような自分にも話しかけてくれて、クラスの輪に入れてくれる人だった。
そんなアイツが、
眩しくて、
仕方なかった。
羨ましかった。
妬ましかった。
だって、本来そこに居たのは、自分だったから。
元々明るい性格で、いつも注目の的、クラスの中心、カリスマ的存在だった。
でも自分は、その事実に酔いしれて、日陰にいる人には注目したことは無くて、妬まれる存在だった。
知らなかった。
ある日
気がつけば
階段から落ちていた。
落とされていた。
1ヶ月の入院を経て、退院してみれば、クラスに自分の居場所はなかった。転校してきたアイツに、美しい顔、カリスマ的性格をもつあいつに、乗っ取られていた。
自分の存在はまるでなかったかのように、誰も見向きもしなかった。自分は、人気者ではなかったんだ。輝いていなかったんだ。
それからずっと、日陰にいる。
けど
そんなの
プライドが許さない
だから今日、自分は───……。
1日1小説 時間よ止まれ
「まって……!!!」
今ほど時間が止まって欲しいと思ったことはなかった。頭に駆け巡るは君との思い出。
出会いは4月、桜の木を見上げて変な顔をしていた君を見かけた時だった。自分から見た桜はきれいなのに、君から見た桜には、虫が着いていて、不愉快そうな顔をしてたっけ。
「なんでそんな顔してんの?」
あまりにも気になって話しかけたことから仲良くなった。君がみあげる先を見て、自分も同じ顔をして、見合って思わず笑ったのは、とてもいい思い出。
その後は、クラスも一緒で、席も隣で、毎日お昼を一緒に食べた。
「あ!!たまごやきはだめ!!」
「もーらいっ!」
美味しい〜!!と頬を緩ませてあまりにも美味しそうに頬張るから、つい許してしまったんだよね。
部活だけは違って、帰りも行きも一緒にはならなかった。だから、知らなかった。自分だけ知らなかった。いつも幸せだと思ってた。
でも君は……
「ばいばい。」
そう言って君は、屋上から落ちていった。
2年目の夏だった。
1日1小説 ありがとう
「ありがとう」
消え入りそうな君の最後の言葉は、“ありがとう”だった。ずっと、先行く不幸をーとか、1人残してごめんねとか、ネガティブな言葉ばかりだった君が。そんな君が最後に残す言葉が“ありがとう”だなんて、ズルくないか。
「僕の方こそ、ありがとう」
反射的に、そう言えてよかった。心臓が止まってしまってからもら少しのあいだは耳が聞こえているという噂を覚えていたから言えた。言うことが出来た。
僕と君の頬に、一筋の涙が伝う。あぁ、聞こえていたんだね、良かった。
寝たきりの君にそっとキスを落とす。僕らの最後のキス。もう涙が溢れて止まらない。早くナースコールを押さないといけないのに。
まだ、二人きりで居たい、君の笑顔を、見ていたくて。
僕は、君を幸せにできただろうか。
僕は、いい夫、いい父でいられただろうか。
僕は、最後まで君の素敵な恋人でいられただろうか。
そう考える日も多々あったけど、最後の言葉で十分だった。
「妻が、息を引き取りました。」
そう言えたのは、君が天国に旅立ってから、数十分後の事だった。