1日1小説

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1日1小説 ありがとう

「ありがとう」

消え入りそうな君の最後の言葉は、“ありがとう”だった。ずっと、先行く不幸をーとか、1人残してごめんねとか、ネガティブな言葉ばかりだった君が。そんな君が最後に残す言葉が“ありがとう”だなんて、ズルくないか。

「僕の方こそ、ありがとう」

反射的に、そう言えてよかった。心臓が止まってしまってからもら少しのあいだは耳が聞こえているという噂を覚えていたから言えた。言うことが出来た。

僕と君の頬に、一筋の涙が伝う。あぁ、聞こえていたんだね、良かった。

寝たきりの君にそっとキスを落とす。僕らの最後のキス。もう涙が溢れて止まらない。早くナースコールを押さないといけないのに。
まだ、二人きりで居たい、君の笑顔を、見ていたくて。

僕は、君を幸せにできただろうか。
僕は、いい夫、いい父でいられただろうか。
僕は、最後まで君の素敵な恋人でいられただろうか。
そう考える日も多々あったけど、最後の言葉で十分だった。



「妻が、息を引き取りました。」

そう言えたのは、君が天国に旅立ってから、数十分後の事だった。

2/14/2025, 4:01:40 PM