森川俊也

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6/28/2025, 9:06:49 AM

あの日から私にできることを探していた。
きっと、誰にでも出来て、誰にも出来ないものがあるはずだと分かったから。
あの日、私は初めて知った。
この世界がこんなにも狭くて、救いがたいほど醜くて、それでも輝きに溢れていることに。
私には何も出来ない。何も成せない。そう思わせたのはこの世界だ。けれど、何か出来る。何か成せる。そう教えてくれたのもこの世界だった。
「今」の私にできることを全力で。
そう決めたから。
きっと、見つけるのは簡単だった。ただ一言、
「君にしか出来ない」
それだけでよかったのだから。
だから、ありがとう。先生。
あの日、私に道を示してくれて。
でも先生。私、誰かの敷いたレールを進むのは嫌だ。
だから、私なりに飛び立つよ。
誰も知らない、まだ見ぬ世界へ!

6/26/2025, 10:36:25 AM

「なんで!どうして!」
彼女は、ものを投げつけながらヒステリックに叫んだ。
だが、彼女にとっては残念なことにそれが僕にあたることはついぞなかった。
「仕方ないじゃないか。君とは合わないんだもの。」
「ひどい…!ひどいよ!ずっと一緒に居てくれるって言った癖に!」
ごめんな。という言葉は喉元に押し留める。言ってしまえばきっと、彼女が余計に苦しくなるだろうから。
ずっと、一緒にいるつもりだった。
家族を失い、僕以外に信じられる人がいなくなっていた彼女から離れるわけには行かなかったから。だってそうだろう?僕がいなくなれば、彼女は今度こそ死んでしまうかもしれない。
だけど、それにも限度がある。毎晩毎晩時間も気にせず鳴り響く通知音に、少しの未読で責め立てられる始末。
僕にも僕の人生がある。それに、彼女だってここ最近は僕以外にも心を許せる人が出来てきた。正直、僕の存在はもう彼女には不要なのだ。
だから別れを切り出した。付き合ってるわけでもないのに別れ、だなんておかしな話だけど。
「そんな事言うなんて、あたしのことはどうでもいいんだ…」
最初は、そう言って泣いた。それでも僕が折れないことを悟ると、
「だったらあたし、死ぬから。」
そう言って、どこからか取り出したカッターを喉元に当てた。
そんなもので死ねるわけもないだろうに。
「僕は…それでも一緒には居れない。」
そう告げると、彼女は傷ついた表情をして、苦しげに呻いた。
それを背に僕は立ち去る他なかった。ここにいては、より彼女に未練を与えてしまうから。
どうか彼女には真っ当な、依存しない生活をして欲しい。
彼女の幸せを、心から願うものとして。
「君も、あたしを裏切るんだね…」
そっと呟いた彼女の、最後の声は届かない。

6/25/2025, 11:38:09 AM

啓介が実家に足を運んだのは偶々だった。
電車が止まり(というのも、一本前のが接触事故を起こしたらしい)、次の駅で降りて歩くことにしたのだ。
それが何の因果か、実家の最寄り駅だったため、何の気なしに歩いてきたというわけである。
久々に見る実家は、記憶の中よりも小さく、寂れていた。
数ヶ月前に母親が死んで、父1人が暮らすこの家は、陰気さを漂わせているような気がした。
インターホンを鳴らそうと、手を伸ばした。
一瞬、やはり帰ろうか。
という思いが首をもたげた。
用事などないし、来るという約束もしていないからだ。
けれど、そんな啓介の考えとは裏腹に、伸ばした手は迷いなくインターホンを押した。
(まさか、この家のインターホンを押す日が来るとは)
少々自嘲気味に笑う。
なにせ、子供の頃は鍵を使っていたし、独り身になってからは実家に帰る気などさらさらなかったからだ。
「どちら様ですか?」
最後に聞いた時よりも幾分か老けた父の声が聞こえる。年老いても、父の声は父のままだった。
「親父。俺だよ。啓介だ。」
そう告げると、通話が切られ、直後にパタパタと足音が鳴る。
開いたドア越しに顔を覗かせた父は、記憶の中で何ら変わりなかった。
だが、家に上がると、変化がありありと見える。
前々から酒は飲んでいたが、その量が増え、そこらから酒の臭いがする。
更には、シンクに大量の洗い物が溜まっている。近くのゴミ袋を見るに、最近はインスタント食品ばかりを食べているようだった。
「こんなんばっか食ってたら体痛めんぞ。」
仮にも父だ。注意してやるが、早く死にたいのだろうか。父は啓介の助言には応えなかった。
このままでは啓介自身の居心地が悪いので、仕方なしに家を片付ける。
小一時間もすれば、見覚えのある景色へと戻ってきた。
「ああ。母さんの仏壇、ここにあったのな。」
思わず啓介が漏らすと、父が顔を上げた。
「…そうだな。あいつにはずっと一緒にいてほしかったから」
父の発言を聞いた瞬間、ふと啓介の中でパズルのピースが嵌るような心地がした。
啓介にとって父は、父ではなかった。
基本的には仕事で家を空けており、時たま早く帰って来たかと思えばただの酔っ払いに成り下がっている。
幼い啓介にとっては、何の愛情も感じられなかった。
それが今、こんなにも寂しそうにしている。
大人になって漸く、父の父らしい一面を見た気がした。
きっと、これは、小さな愛だ。
不器用で、直向きな、父の。
「俺、そろそろ帰るわ。」
「もう帰るのか?」
啓介の言葉に父は名残惜しそうに聞く。
「あぁ。俺にもやることがあるしな。」
それに、と啓介は続ける。
「親父の様子も確認できたから。」
すっかり日も暮れた道を歩く。きっと、遅延もそろそろ終わっているだろう。
来たときは若干憂鬱さを感じていたというのに。
(こんなに喜んでくれるのなら来てよかったな。)
啓介はそう思うと同時に、自分も、父と母のように、小さな愛を育みたいとも思うのだった。

6/24/2025, 12:04:36 PM

苞葉は1人、必死に叫んでいた。
「待ってっ!行かないで!」
手を伸ばすその先は虚空。何も掴めやしない。
だが、確かに苞葉には存在しない"何か"が見えていたのだ。
何故苞葉がここに至ったのか。
遡ること凡そ一週間。
大好きだった母親と死別し、下を向いて歩いていた苞葉に声をかけてきた怪しげな人物。
普段の苞葉ならば、絶対に無視するというのに、何の気の迷いか答えてしまった。
其処からは転落の一途。
知らずに手を出した麻薬に苛まれ、手に入れられずに際どいことをしては金を稼いで、その金を麻薬に使う。
負のループをぐるぐると回っていた。
だが、苞葉は麻薬など止められなかった。それは、麻薬の本質的なものもあるけれどーなによりも、死んだ母親に幻覚でも会えるからだった。
寂しげに去ろうとする母親を追いかけ、足をもつらせながら必死に這いつくばる。
瞬間、崖から転落した。
その事に気づかず、手を伸ばした苞葉は、確かに母親に触れれた。
強い衝撃が苞葉を襲う。それでも苞葉は幸せそうだった。
こうしてまた何処か、誰にも認知されない場所で人が死んだ。
空はこんなにも澄んでいるのに…。

6/23/2025, 1:40:52 PM

「ねぇママ。ママのこどもころのゆめってなにー?」
6歳の娘にある日突然聞かれたのはそれだった。
もうそんなことを聞く年になったのか、という感慨深さと、一体どんな回答をしたらいいのかで、迷ってしまった。
私には子供の頃の夢なんてなかったような気がするから。
概して子供の頃というのは高校生くらいまでらしい。私はその時期、荒んで、生きる理由すら見失っていた。
突然の両親の事故死。
学校内でのいじめ。
勉強にもついていけないし、今でいっぱいいっぱいで未来のことなど考えもできなかった。
そんな私に声をかけて掬い上げてくれたのが夫だ。
学校一優秀だった(らしい)彼は、なぜか親身に勉強を教えてくれた。
お陰で学校にいかずして勉強はできるようになった。
当然、その年は出席日数が足りず留年になったけれど、無事大学にも受かれた。
明るく前向きになれた時の私の夢なんてーーそんなの、彼の妻になることに決まってるじゃないか。
其処まで思い当たると顔が真っ赤に火照ってしまった。
「ママー?おかおあかいよ。だいじょうぶ?」
娘が心配してくれている。嬉しいけど、なんだか恥ずかしい。
「ママは大丈夫。ちょっとお顔が赤くなっちゃっただけよー」
そうはいうものの娘は納得してくれなかったらしい。
「パパー!ママがおねつだしちゃった!」
と夫の元へ駆け込んでいく。
これは後々揶揄われそうだ。
全く。
「ママのね、子供の頃の夢はパパのお嫁さんになることよ」
唯一思いついた答えが、娘の求めていたものなのかどうか。
たとえ違っても、これが嘘偽りない自分の気持ちだ。
娘がいないのをいいことに1人呟いてみた。
「……〜〜っ」
ドアの方から声になっていないうめき声が聞こえるり
はっとそちらを見ると、顔を真っ赤にした夫と、それをきょとんと見上げる娘の姿が見えた。
まさか聞こえていたなんて!
恥ずかしさのあまり死にそうだ。
「あれ?パパ、ママ。ふたりともおねつ?」
何も知らない娘だけが、心配そうな声を出していた。

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