苞葉は1人、必死に叫んでいた。
「待ってっ!行かないで!」
手を伸ばすその先は虚空。何も掴めやしない。
だが、確かに苞葉には存在しない"何か"が見えていたのだ。
何故苞葉がここに至ったのか。
遡ること凡そ一週間。
大好きだった母親と死別し、下を向いて歩いていた苞葉に声をかけてきた怪しげな人物。
普段の苞葉ならば、絶対に無視するというのに、何の気の迷いか答えてしまった。
其処からは転落の一途。
知らずに手を出した麻薬に苛まれ、手に入れられずに際どいことをしては金を稼いで、その金を麻薬に使う。
負のループをぐるぐると回っていた。
だが、苞葉は麻薬など止められなかった。それは、麻薬の本質的なものもあるけれどーなによりも、死んだ母親に幻覚でも会えるからだった。
寂しげに去ろうとする母親を追いかけ、足をもつらせながら必死に這いつくばる。
瞬間、崖から転落した。
その事に気づかず、手を伸ばした苞葉は、確かに母親に触れれた。
強い衝撃が苞葉を襲う。それでも苞葉は幸せそうだった。
こうしてまた何処か、誰にも認知されない場所で人が死んだ。
空はこんなにも澄んでいるのに…。
6/24/2025, 12:04:36 PM