雨の日。仕事帰りに子猫を見つけた。
雨に濡れて寒そうにしている、段ボールに入った子猫。
最初に思ったのは、今どきこんなことするやついるんだ。だった。我ながら少し冷たい感想だったと思う。
俺の家は狭く、とてもじゃないがペットを飼うスペースはない。
それに、俺自身も遅くに帰るからペットを飼うのに向いていない。
だから、子猫のことは見なかったことにして帰ろうとした。
子猫の鳴き声が聞こえた。
そこからはよく覚えていない。
ただ、いつの間にか子猫は俺の部屋にいた。
捨てるわけにもいかないから俺は一生懸命部屋をきれいにして早く帰るようにした。
いつの間にかその子猫は大きくなって、俺は猫とともにいることが日常となった。
餌を買いに行ってから帰ったある日。
いつもは聞こえる鳴き声が聞こえなかった。
慌てて駆け寄れば、どことなく苦しそうだった。
病院に連れて行った。
もう、治ることのない病気だと言われた。
余命はほんの少ししか無かった。
俺は会社を休んでずっとそばにいた。
ある日、家を君は飛び出した。
追いかけると君は道路に飛び出した。
俺が声を掛ける前に、道路を車が通って、君は轢かれて死んだ。
車が去ってから俺は君に近づいた。
君はもう、息をしていなかった。
俺は泣いた。
いつまでもいつまでも。泣いた。
せめて寿命を全うするまで一緒にいたかった。
でも、君はもういない。
今までありがとう
沢山の思い出と
沢山の喜びを
私はあなたにもらった
今までありがとう
君とは今日でお別れだ
思い出とももうお別れだ
それでも、忘れやしないから
私は忘れやしないから
また会いましょう
きっといつか出会う日が来るから
また会いましょう
人生はスリルなしじゃつまらない。
だって、決められたレールを進むだなんて平凡なことしたって楽しくない。
まだ成否も分からないような道を自分で開拓してこそ人生に色がつくってもんだ。
その過程でリスクは常についてくる。
そのリスクと隣り合わせなのがたまらなく楽しいんだ!
ハイリスクハイリターンのスリル!
それほどまでに人生に価値あるものはない!
もちろんギャンブルとかは別の話だ。
ただ、そんなものではなくて、自分の選択でできるスリルが楽しいんだ!
スリルがあるから人生の選択がある。
人生の選択があるからスリルがある。
そうだろう?
だから、やめられないんだ。
ハイリスクハイリターンの選択の連続の人生が。
ずっと自由に空を羽ばたいていた。
溢れる希望と、鮮やかな勇気を持って。
私には自由に飛べる羽があった。
規則や一般論に囚われない、自由な羽。
誰にでもあるわけじゃないそれがなんだか私には誇らしかった。
だって、自分だけの特別ってことでしょう?
物心ついたときから「特別」って言葉が好きだった。
自分だけの、他人にない。それは、存在意義を表しているように思えた。
実際は違うのかもしれない。
それでも、私はすべては特別という存在意義に帰す。と、考えていた。
だけど、もし。もし本当に特別なのが自分だけだったら?
それはもちろん消されるに決まっている。
それは、特別でも何でもなくて、異端と処理されてしまうから。
じゃあ、特別が誰かにとって邪魔になるものだったら?
それも消される。だって邪魔になるから。
私の場合は後者だった。
規則にとらわれず、常識を疑う。
そんな人間は規則や常識を作った人間にとって邪魔になるに違いなかった。
邪魔になった私はもはや飛べない。
考えることを奪われ、能動的でなく受動的に生きる。
なんとつらいことだろう。
まだ翼はあるというのに。
その大事な私だけの翼は、壊されてどこにも飛ぶことを許されない飛べない翼となってしまった。
今こうして考えることもいずれは奪われる。
あぁ…ほら、すぐそこまで…
人生で初めての演劇。
初心者なのにも関わらず、主演を演じることになった。
劇自体は嫌いではなかったし、自分でない誰かを演じることは好きだ。
劇をするにあたって、演じる人の行動と心理を書き出して、その人の一生を作ってみた。
たった十五分前後の劇だけど、それをすることでより良い物が作れるならそれで良かった。
何度も自分で書いたものを読んで、読んで、読み込んで、普段の日常生活でも演じた。
それだけなら、よかったんだろう。ただの熱心な人だから。
だが、それを全員に強要してしまった。
こうするのが普通。こうしないといけない。
こうしない意味が分からない。
そんな文言をこれぞとばかりに並び立て、誰にも反論する隙を与えないまま、自身の理想論だけを語り続けた。
その結果得たのは全員の顔に映る冷めた目と、自分の中に残る空虚感だけだった。
それでも、それを忘れるためだけに劇に没頭した。
リハーサルはとてもうまくいった。
それでも納得していなかったから、さらに突き詰めた。
そして、最高のコンディションの当日。
劇はセミの鳴き声から始まった。
セミがなく初夏の頃。
雲一つない青空で、見失った夢を見つける。
そんな物語。
だけど、その物語を演じられなかった。
納得がいかないんじゃない。
ただただ本当に劇がグダってしまった。
このために頑張ってきた。
誰よりも頑張ってきた。
それでも、本番当日。
皆の顔が脳裏によぎった。
理想論を語ったあの日。
皆がした冷めた目を。
あんなに好きだった劇が、今はもう嫌いだ。
自分のせいで潰してしまったから。
初夏、セミが鳴いている。
それでも、物語のように失った夢を見つけることは出来ない。
今も、これから先も。