灯りは一筋もなく、先の見えない暗がりに閉じ込められ端から有る筈もない答えをただ延々と歩き探し彷徨い続け、見付けたものはとても脆く儚いものだった。
私が小学2年生の頃、祖母の家の隣にある古い物置小屋を整理した時無造作に積まれた歯車を見付けた。
何十年、何百年と忘れられずっとそこに放置された歯車は使い物にならないほどに埃を被り錆び付いていた。
私は、祖母に問い掛けた。
「おばあちゃん、あれってなんでずっと置いてあるの?捨てないの?」
祖母は
「あの歯車はねぇ、その人の願い事をひとつだけ叶えてくれるんだよ。でも、何百年も前に壊れちゃってもう廻らないんだよ。ただ、その歯車を見ていると何だかね、心が安らいであの頃を思い出すんだよ。」
と、当時まだ幼かった私は涙を堪えながら言う祖母の言葉の意味を理解出来なかった。
「夕弦ちゃんが泣いていると周りも哀しいから笑ってあげて。」
私が泣いている時、祖母が言う言葉。
少し生暖かい手で頭を撫で膝枕をしてくれる。
私は、祖母の膝枕が大好きだった。
あの頃はよく
「おばあちゃん膝枕して!」
と、無邪気に駆け寄り昼寝をしていた。
私の前では、ずっと笑顔を絶やさず誰にでも優しかった祖母は私が中学に上がると同時に質素な白いカーテンが掛けられた病院のベットで家族に看取られながら静かに息を引き取った。
「おばあちゃん、、」
窓の外を眺めながら呟く。
「夕弦〜ご飯出来たよ〜」
急いで涙を拭い階段を下りる。
お風呂から上がった後、母に歯車の事を尋ねた。
「お母さん、昔おばあちゃん家の物置小屋にいっぱい歯車なかった?あれってどうしたの?」
「あったけど、アレ汚いから私触りたくないって言って遺品整理の業者に任せたわよ。お婆ちゃん昔から収集癖あるから捨てるの大変だったわー。」
間よくば、今すぐにでもあの歯車を使い三奈子と一緒になりたいと思った私はやっぱり卑怯者。
でも、使った罪悪感に駆られるよりも三奈子と一緒になれるならそれでも良いと思った。
そんな事で手に入れたものは、恋でも友情でも無い。
「もう一度、君に逢えるのなら何度でもこの地獄へ」
私の一番好きな小説の言葉で、これを読んだ時鳥肌が立つほどこの台詞に胸を撃たれた。
簡潔に纏めると主人公の女性はある男性に恋をして、その男性の元へ時代を超え何度も転生を繰り返し現れその度に互いに惹かれ恋に堕ちるが何度繰り返しても2人は結婚が出来ない。
再会しても2人の内どちらかが病気、事故、事件、戦争等に巻き込まれ離別する。
それでも、この小説は喩えどんな時代でも互いに愛し合う事が出来ればどんな障壁でも乗り越えられるんだと教えてくれた。
私はその時、初めて真実の愛を知った気がした。
「お互いに愛し合う、、か。」
私は、そっと瞼を閉じて眠りに着く。
「一生の恋と永遠の愛」
これを読むあなたはどちらを選びますか?
薄暗い明け方に伸びた陰を掠める風は、部屋の花瓶に生けてある萎れ欠けた水仙の瓣を煽り壁に映り揺らぐ影はとても幻想的なもので何度も諦め忘れようとした想いが混み上げてくる。
これは、一生伝えられない。
仮に伝えられても報われない恋。
そう分かっていても毎日。
毎日ずっとずっと君の事を考えてしまう。
ふとした時に呼吸が出来なくなるほど君の事が好きだと胸が熱くなり締め付けられる。
「(あーあ、、また泣いてる、、)」
これが夢ならと何度思った事だろう。
ずっと2人で一緒に笑っていた筈の私は、本当はずっと1人で泣いていた。
全身を鎖で縛られ重りを括り付けられた挙句、深く暗い水の底に沈められる樣な感覚が蜘蛛の巣みたいに気持ち悪いほど纏わり着いてくる。
友達、性別、家族、社会、どれだけ想っていても越えられない障壁。
この混沌とした人生を何度繰り返せば、私達はお互いに想い合う事が出来るのだろう。
たった一つの想いに悩み苦しみ涙を流す私は、この世界にとっては小さい存在。
もし、この世に神様が存在するなら私は
「三奈子と、、」
だなんて、また涙を零す。
あの子が幸せならそれで良い。
「私は友達、、ずっと、、」
片想いを何年も引き摺る自分が馬鹿馬鹿しい。
「あー、今日も学校か、、」
朝日が昇り燻んだ雲が泛ぶ空の下には、互いに惹かれ想い合う2人の少女が居た。
世の中の変遷と共に、何番煎じかも分からない程に形骸化した言の葉の数々を淡々と組換え並べるだけの作業と化した僕等はその本質を伝えられないまま終わるのかと考えた事はあるだろうか。
着々と変化し続けるものには味や歴史等の重みがあるとして、言葉には権力を持ってしても誰もその本質を伝えることは適わない。
君に伝えたいと想うこの言葉の本質は、いつ君の中の本質に届くのだろうか。
「はぁー」
吐いた息は白い水蒸気となり、風に流され空へと昇り消える。
雲一つない宙の下、ベランダから街の灯りを眺めながらふとあの頃を思い返す。
「あの子達、今頃何してるんだろうね。」
と、後ろから高校の頃の横居先輩が口にする。
「そうですね、」
と、彼方は寂しそうに返す。
「中入らないと風邪引くよ。」
そう言われ
「あー、もう少しだけ観てようかなって、」
と、彼方はまた寂しそうな表情を浮べる。
「それっ!」
急に横居が彼方の後ろから抱き着く。
「ッ?!せっ、先輩やめてくださいっ、」
と、頬を赤く染め上げた彼方は抵抗する。
「あれれ〜彼方くんわたしはもう先輩じゃないんだよ〜?」
と、そんな彼方を揶揄う樣に吐息混じりに耳元で囁く。
横居は、恥じらう彼方の表情を見て満面の笑みを浮かべていた。
「ねぇ、彼方。私、中学の頃好きな人が居たんだ。」
と、横居は先程までの笑顔とは対象的に物憂げな表情を浮べながら話し始めた。
「その人はね、クラスの人気者っていう感じじゃなかったけど凄く真面目で優しくて、いつもヘナヘナしてるのにカッコ良くて憧れの人だった。」
と話し
「何か良いですね。そーゆーの。」
と、彼方は少し微笑みながら聞いていた。
「彼は東京の高校へ行く事が決まってたから卒業式の日に告白しようと思った。付き合えなくても伝えたかったんだ。でも、彼は卒業式には来なかった、、」
と、話し続ける横居の瞳を照らしそこから零れ落ちる涙はとても綺麗で、その横顔を眺めるだけしか出来なかった僕は劣等感を抱き仄暗い静寂の中にいた。
「ねぇ彼方。明日も、晴れると良いね。」
吐いた息が白くなる冬の宙には、北斗七星が泛びその時交わした接吻の味は、舌が溶けるほど甘く哀しかった。
ある日、僕は夢を見た。
それは、陽も昇り切らない薄暗い明け方に誰も居ない海辺を1人で歩いているというもので現実世界と区別するのが難しいほどに感覚が妙にリアルだった。
音を感じた。
磯に打付ける波の音が周囲の音を掻き消す。
風を感じた。
波風に煽られて髪がたなびき何度も手で掻き分ける。
穹を見上げると1羽の鳥が飛んでいた。
「君みたいに、自由にこの穹を飛びたいよ。」
と、言葉が通じる訳でも無いのにまるで厨二病真っ只中の中学生の樣な台詞を吐く自分を羞恥心が襲う。
すると、その鳥は僕の目の前まで飛んで来た。
その瞬間、僕は反射的に目を閉じる。
怖くて暫く目を閉じていたが
「(あれ、波の音がしない、、風も、、)」
と、先程まで感じていた波の音や風が急に止んだ事に気が付く。
「ドンッ…」
という大きな音が鳴り何かが身体に乗った樣な重圧が一度に掛かり、再び目を開けるとそこには地平線の彼方へと続く蒼穹の大地が何処までも拡がっていた。
「ドクン…ドクン…」
と、同時に鼓動が高鳴る。
まるで、この穹と共鳴しているかの樣に
「ドクン…ドクン…」
と、鼓動は高鳴り続けピタリと止まる。
そこで、僕は目を覚ました。
ある日、僕は夢を見た。
それは、1羽で何処までも遠くへ往く鳥になりこの穹を自由に飛び回る夢だった。