何の変哲もない一件のライン。いつからそのメッセージがあるのか分からない。知らないアイコン、身に覚えがない名前からのメッセージ。誰かと間違って送ったであろうそのメッセージを消せないでいるのは、その日付と日時は未来を指しているからだ。
『先に待っている』
その日付と日時まであと十二時間。
明日は私の入学式だ。
目が覚めると、推しが私の顔を覗き込んでいた。
私は両手に手を合わせ、再び夢の世界へと意識を飛ばした。南無。
再び、目を開ける。推しがいる。息をしている。両手に口を合わせ、悶えていられるのはこの時だけだった。推しは私を床に押し倒し、小刀を私の顔の横に突き刺した。
「なぁ、何を勝手にユズハの身体を使ってやがる」
私の背筋が凍る。
推しらしからぬ、冷たい眼差しは殺意すら感じる。
どうやら私は小説の中にいる推しの愛しい人に憑依してしまったらしい。
街はあんなに明るいのに、森に近い場所で暮らす私たちの村は月明りで過ごしている。
羨ましそうに街を眺める年少組は街で暮らせたら、とニコニコと笑いながら夢を語っている。
「おまえはどう思う?」
不意に訊ねてきた彼の意図が分からない私は内心首を傾げながら彼を見つめ返す。彼はバツが悪そうに視線を逸らした。
「おまえはいつか街に行くだろ」
「私が街に行くときは、葵くんも一緒だよ」
彼が息を呑む。静寂が流れる間もなく、アイアンクローをされた。なんで?!
「ハッ。なら、一生この森の中だな」
そう彼は嘲笑った。
また、来年綺麗な星空を見ようと言った彼は私より先に星になってしまった。
悪人だと言うには、世間の常識に足を引っ張られて。
正義の味方だと、言い切るにはこの両手は血で染まっている。
目的を果たすためだとはいえ、中途半端な立ち位置でいる自分に嫌気がさしてくる。
「✕✕✕」
相棒はそんな私を見て微笑む。私の道についていけなくなって、さよならをした人が多い中、彼だけは私のそばにいた。
「今日は何色がいい?」
なんでも良いよ、と答えれば彼は決まって赤を選ぶ。彼の好きな色だ。
「また、考えごと?」
「まぁ」
曖昧な返事に彼は苦笑を浮かべるだけだった。
爪紅を塗られ、手が出せないことを良いことに、彼は私の右手の甲に唇を落す。
「この先が地獄でも俺は最期まで傍にいるよ」
ホント、物好きだなぁ。