「失恋」
「チャパパ〜!またジャブラがフラれたぞ〜!」
「うるせえ!『また』って言うな!てか言いふらすな!」
飛び回るフクロウとそれを追い回すジャブラをぼんやりと眺める。これで一体何度目だろうか。その行動力は少し改めた方が良いと思うが、彼の素晴らしいところはその時告白した女達の事をその時は本気で好いているというところだ。真摯な男だ。その真摯さが俺に向けられる事は無いのだが。俺ならばお前を袖にしないのに、と思ってみたところで何の意味もなかった。
『梅雨』
この土地の腹立たしいところはこうしてひたすら雨の降る期間があるところだった。身体に湿気が纏わり付くような気がして不快だし、髪もうねって普段よりもセットに時間が掛かってしまう。貴族として見苦しい姿を晒すわけにはいかず、苛立ちながら鏡の前で格闘することになる。
「ククク、気が立って居るな」
後ろから恋人が覗き込んできた。彼は直毛なのでこう言った悩みとは無縁らしい。珍しい物を見た、と言うようににやにやと笑われるのが腹立たしいような、楽しげな恋人が見られて気分が上向いたような。
「天国と地獄」
父が死ぬまで、自分は幸福だった。父が死んだのは自分が高校に上がった頃か、或いはまだ中学の頃で、そんなガキの言う幸福なんて大袈裟な話ではあるが。
父は人望に溢れ、常に人の中心に居た。家には毎日のように父を慕う人間が訪れ、自分にもよく話しかけて来た。彼等がそう言うように、自分もいつか父のようになるのだと信じていた。
父が死ぬまでは。
父が死んで、父を慕っていた筈の人々は揃って掌を返した。気付いた時には家から金も金目の物も消え去っていた。母は現状を受け入れられずに過去に閉じこもってしまった。その後しばらくの事は、自分の記憶にも無い。
ひとつ確かなのは、人間なんてどいつもこいつも信じられないと言う事だ。
「理想のあなた」
「そんな人だと思わなかった」そう言われて振られたのは何度目だろう。一体どんな男だと思われて居るのだろうとその度に悩んだ。好いた相手のためならば理想を演じてやろうと思うのに、それが分からないからいつも上手くいかなかった。
なんてことの無い会話だった。いつも通りの、大して中身も無い、数時間後には忘れているような。些細なことで笑いあったその顔が、今まで幾らでも見てきた筈の顔が、胸に刺さって離れなくなった。俺は挙動不審では無かっただろうか。視線を外して、それでも脳裏から消えない彼の顔に絶望した。彼を、好きになってしまった。何度も吐かれた言葉が谺する。彼は俺を、どんな人間だと思っているのだろう。
『神様へ』
最初に感じたのは喪失感だった。
ずっと傍にあった物が無くなってしまったような。次いで全身の痛みを認識した。軋む身体に鞭打って目を開く。ふさ、と温もりが寄り添ってきて、相棒が隣に居ることを知った。擦り寄せられた頭を撫でてやろうとして、腕ひとつ上げるにも随分苦労した。流石は排撃貝と言ったところか。戦いの行方はどうなったろうか。奇妙なまでに静かな空に、不安を掻き立てられた。どうしてこんなにも、と考えて、神の存在が感じられないが故だと気付く。あの人程の心綱を持たずとも、あの強大な気配は国の何処に居ても感じられるものだった。
神はもう行ってしまったのか。空を見上げても、青く澄んだ空には月の影はなかった。