『春爛漫』
このところの陽気で桜が見頃を迎え、天気も気持ちの良い晴れとなれば、突発的に宴が開かれるのも当然の流れだった。気分良く盃を傾けて居ると、隣にどさりと腰を腰を下ろした男が居る。
「花なんか見ても酒の味は変わらねェだろうが」
理解できないという声でそう言って煙草を吹かすものだから、上がる口角を隠すように盃を干した。こんな突発的に開かれた宴に出る義理なぞ何処にも無いのに、こうして隣に座るのだから。並べておいた酒瓶を適当に手に取って口を付けて飲み始めるので周囲の者がそわそわし始めたのを手を振って収める。酒は共に飲む方が美味いものだ。
「お前の髪も桜色だよな」
「ア?」
背中に流れる髪を一房手に取る。
「この辺に咲いてるやつより濃い色してんな。山の方のやつに似て」
ばしりと手を振り払われる。歪められた口元から煙草が落ちそうになっている。
「テメェ良くそんな恥ずかしいこと言えるな……」
「そうかあ?」
思った事を言っただけだぜ、と笑えば、照れ隠しだろう、強めに腹を叩かれた。
『沈む夕陽』
背後から世界の色が変わる。茜色に染まる世界の中で、彼はとても美しかった。
「どうした?」
視線に気付いた彼が此方を向いて笑う。
「なんだ、見蕩れているのか?」
「君には赤が似合うからな」
「幸せに」
「幸せにしてやる」なんて言えよう筈も無い。だが、だからと言って他人にくれてやるつもりは無かった。
「月夜」
月が綺麗な夜だった。普段は見ることのないそれを見上げ、同僚の顔が思い浮かんだ。月を見ると幾分テンションが上がるらしい。その身に宿した獣の力故と、普段は見る事が無いために余計になのかもしれない。気まぐれに酒を買って、報告もそこそこに彼の部屋を訪れる。特に予定を確認はしていなかったが、彼は在室していた。芝生に寝転んで居る彼に酒瓶を揺らして見せれば、彼は目を輝かせた。
「オイそれ!」
「土産だ。呑もうぜ」
「マジかよ!」
がばりと起き上がり、愛してるぜ!と抱き着いてくる男を躱し、その場に腰を下ろした。
フージャブ
『お気に入り』
「それで次の任務ですが……」
任務の話をする、と呼ばれたので上司の執務室に入った俺は、目に入ったものにぎょっとして足を止めた。上司があまりにも普通の顔で此方を見てくるものだから、気を取り直して入室した。上司がそのまま話を始めるせいでどこを見て話を聞いていれば良いのか分からない。少し視線を上げると上司の頭に顎を乗せて御機嫌にニヤニヤしている兄貴分が目に入るのだ。分厚い前髪が無くなったために表情が良く分かる。かと言って視線を逸らしたところでごろごろと重低音が部屋中に響いているのだから大して変わりはしなかった。