幻覚

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4/7/2024, 12:25:37 PM

『沈む夕陽』

背後から世界の色が変わる。茜色に染まる世界の中で、彼はとても美しかった。

「どうした?」

視線に気付いた彼が此方を向いて笑う。

「なんだ、見蕩れているのか?」
「君には赤が似合うからな」

3/31/2024, 2:01:56 PM

「幸せに」

「幸せにしてやる」なんて言えよう筈も無い。だが、だからと言って他人にくれてやるつもりは無かった。

3/7/2024, 1:02:41 PM

「月夜」

月が綺麗な夜だった。普段は見ることのないそれを見上げ、同僚の顔が思い浮かんだ。月を見ると幾分テンションが上がるらしい。その身に宿した獣の力故と、普段は見る事が無いために余計になのかもしれない。気まぐれに酒を買って、報告もそこそこに彼の部屋を訪れる。特に予定を確認はしていなかったが、彼は在室していた。芝生に寝転んで居る彼に酒瓶を揺らして見せれば、彼は目を輝かせた。
「オイそれ!」
「土産だ。呑もうぜ」
「マジかよ!」
がばりと起き上がり、愛してるぜ!と抱き着いてくる男を躱し、その場に腰を下ろした。

フージャブ

2/18/2024, 8:58:41 AM

『お気に入り』

「それで次の任務ですが……」


任務の話をする、と呼ばれたので上司の執務室に入った俺は、目に入ったものにぎょっとして足を止めた。上司があまりにも普通の顔で此方を見てくるものだから、気を取り直して入室した。上司がそのまま話を始めるせいでどこを見て話を聞いていれば良いのか分からない。少し視線を上げると上司の頭に顎を乗せて御機嫌にニヤニヤしている兄貴分が目に入るのだ。分厚い前髪が無くなったために表情が良く分かる。かと言って視線を逸らしたところでごろごろと重低音が部屋中に響いているのだから大して変わりはしなかった。

2/14/2024, 3:15:52 PM

『バレンタイン』

予想通り大量のチョコレートを手にした恋人と玄関前で行きあって、お互いに笑みが零れる。

「こんなに沢山貰ってしまって、君に拗ねられたらどうしようかと思ったが。杞憂だったようだな」
「どういう心配だ」

そう笑い合って共に玄関をくぐる。部屋着に着替えてテーブルの上に贈り物を広げた。贈り主はきちんとリストにして後程返礼をしなければならない。向かい側で同じように贈り物を広げている恋人の手元に、異質な物を見つけて手が止まった。それは明らかに手作りの物で、しかもひとつやふたつではない。こちらの視線に気付いた恋人が手元に視線を落とし、ああ、と得心のいった顔をした。

「部下達からだ。このところ熱心にキッチンに詰めていたからな」

そう言えば彼の部下達は若い女性が多かったな、と思い出す。どうせ本命への序でだろう、と言われても、女性らしい可愛らしく装飾された包みは随分と魅力的に見えた。

「さっさと切り上げなくては日付が変わってしまうぞ」

そう急かされて作業を再開した。そうだ、何も事前に話をしてあったわけでなし、最初から無かった物と思えば良い。

リストアップの終わった贈り物を片付けて、2人ソファに並んで腰掛ける。恋人はいつものようにワインとグラスを用意していて、それを見て無かった事にした筈の物が頭を過ぎった。

「ジェレミア」

改まって名を呼ばれるとそわりとする。恋人に向き直ると、彼の手の中には綺麗に包装された箱が収まっていた。先程まで散々見たようなそれが、こちらに向かって差し出されている。

「これは……」
「今日はそういう日なのだろう?卿は甘味は苦手ではなかったと思ったが」

勢い良く立ち上がったせいでスプリングが恋人を揺らした。

「少し待っていてくれ!」

部屋に取って返して無かった事にした筈の物を取り出す。ばたばたと引き返すと恋人が驚いたような顔をして居て、次いで笑った。

「私は逃げないから落ち着け」
「私からも君に買ってあるんだ、ルキアーノ」

そうして交換して、彼がワインを開けた。

「チョコレートに合うものを選んである」

美味いワインとチョコレートを恋人と共に楽しむ夜は至福の一時だった。世の中でバレンタインと言う催しがこうも広まっていることも頷ける。

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