幻覚

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『バレンタイン』

予想通り大量のチョコレートを手にした恋人と玄関前で行きあって、お互いに笑みが零れる。

「こんなに沢山貰ってしまって、君に拗ねられたらどうしようかと思ったが。杞憂だったようだな」
「どういう心配だ」

そう笑い合って共に玄関をくぐる。部屋着に着替えてテーブルの上に贈り物を広げた。贈り主はきちんとリストにして後程返礼をしなければならない。向かい側で同じように贈り物を広げている恋人の手元に、異質な物を見つけて手が止まった。それは明らかに手作りの物で、しかもひとつやふたつではない。こちらの視線に気付いた恋人が手元に視線を落とし、ああ、と得心のいった顔をした。

「部下達からだ。このところ熱心にキッチンに詰めていたからな」

そう言えば彼の部下達は若い女性が多かったな、と思い出す。どうせ本命への序でだろう、と言われても、女性らしい可愛らしく装飾された包みは随分と魅力的に見えた。

「さっさと切り上げなくては日付が変わってしまうぞ」

そう急かされて作業を再開した。そうだ、何も事前に話をしてあったわけでなし、最初から無かった物と思えば良い。

リストアップの終わった贈り物を片付けて、2人ソファに並んで腰掛ける。恋人はいつものようにワインとグラスを用意していて、それを見て無かった事にした筈の物が頭を過ぎった。

「ジェレミア」

改まって名を呼ばれるとそわりとする。恋人に向き直ると、彼の手の中には綺麗に包装された箱が収まっていた。先程まで散々見たようなそれが、こちらに向かって差し出されている。

「これは……」
「今日はそういう日なのだろう?卿は甘味は苦手ではなかったと思ったが」

勢い良く立ち上がったせいでスプリングが恋人を揺らした。

「少し待っていてくれ!」

部屋に取って返して無かった事にした筈の物を取り出す。ばたばたと引き返すと恋人が驚いたような顔をして居て、次いで笑った。

「私は逃げないから落ち着け」
「私からも君に買ってあるんだ、ルキアーノ」

そうして交換して、彼がワインを開けた。

「チョコレートに合うものを選んである」

美味いワインとチョコレートを恋人と共に楽しむ夜は至福の一時だった。世の中でバレンタインと言う催しがこうも広まっていることも頷ける。

2/14/2024, 3:15:52 PM