週に一回、いつもの流れで郵便受けに溜まったものを引っつかみ、テレビをつけて、適当なニュースを流しながらゴミと大事な書類を振り分けていく。自分に振り分けられた家事のひとつだ。
過去から手紙が届く、ってのはよくある話。
学校の課題とかでも、未来のあなたに向けて手紙を書きましょう、なんて言ってやらされた記憶がある。そういえばいつ届くんだ?あれは。
だからまぁ、過去の日付で書かれた中身とか押印は不思議じゃない。
でも今目の前にあるのは未来の日付。
手書きの文字が未来なら、お巫山戯だなで済むけど、押印が未来の時点で頭おかしくなるだろ。
封筒は明らかに大人の文字。10年後の今日。
開ける…?いやいや…イタズラなんて読む価値もない。
でも……と怖いもの見たさでハサミを取り出す。
中にあったのは、見慣れた、あの。
『続いてのニュースです。本日昼頃通報によって発覚した事件ですが、郵便局に務める……』
『10年後の私から届いた手紙』
夢の中へ落ちる寸前にかけたアラームで目が覚める。微睡みを許さないそれは、聞き慣れた声が止めてくれた。
肌に滑る白いシーツの感触、横にある温もり。
それらを断ち切るべく手足を動かそうとしたところで、口元に差し出される光沢。
これだけ、食べてって。頑張って作ったから。
売り物のように艶やかな表面、手入れを怠ることの無い綺麗な指先が摘むそれを、思わず指ごと食む。
勢いに負けて外側のコーティングが割れたのか、中からトロリと何かが薫った。
口から鼻に抜けるその香りに思わず吐き出そうとしてしまったが、くすり、と笑った君がそれを許さず、
こくり、と。
共に味わうことになる。
どうして、と声にならない言葉は相手に飲み込まれ、空洞へ吸い込まれていった。
後頭部にこびりついた眠気が、足りない酸素とむせ返る薫りによって全身へと回って。
微睡みを劈くアラームの音で再び目を開く。
慌ててスマホを探って今度は自分で止めるが、犯人の姿もない。
違和感と共に左手を見れば、誓いの証も姿を消していて。
慌てて立ち上がって部屋中を歩き回れば、離れた机にメモとともに転がっていた。
『おそよう
約束には遅刻かな?
上手く誤魔化せるといいね。
また来週、逢えるといいな』
『バレンタイン』
しくしくと泣くあなた達に向かって、思わず伸ばした手が空を切る。
テレビで見たことがあるけど、本当に触れないものらしい。すごい!
「ごめんね、ごめんね」と2人で寄り添ってわたしの前で泣き崩れている。いつまでもそんなところで泣いていないで欲しいな。
みれん、というのだっけ?護ってくれるものでもあるらしいけど、ずっとあると怨霊とかいう怖いものにもなっちゃうらしいから。
大丈夫だよ。わたしはひとりじゃない。おじいちゃんが居て、おばあちゃんもいて、あんまりよく知らないけどおばちゃんとかもいるし、あと友達もいて、そこら辺を歩いている犬も猫も鳥もいる。
そっちにも、色んな人がいるでしょ。友達とか会社の人とか、いるんじゃなかったかな。名前はあんまり覚えてないや。でも賑やかで、穏やかに健やかに過ごしていて欲しいな。
だからまだ、そこで生きていて。
君たちがこっちに来るより先に、もう1回わたしがそちらへ行くから!
『待ってて』
★2個前が1つだとどうしても思いつかずに先延ばしてしまったので、次のと共にまとめました。2/12は下記にあります。
教室の時計と黒板のあいだ。
いつまでも変わらない。
毎年変わるはずだと気づいてからはや2年、気になって確認して回ったけど全部そのままだっ た。
だからきっと、今の1年生がこの椅子に座るようになってもそのままなんだろうなと考える。
お腹が空いたときも、眠いときも、飽きたときも、帰りたいときにも絶対ついでに目に入るけど、文 字って思わず読んじゃうんだよな。
時計と違って変化のないそれを見続けるのは、目も飽きて嫌になる。
そうしてまた黒板に目を戻して。
きっとあれがそのままなのは、こういう効果も狙われているのかもしれないね。
『誰もがみんな』『この場所で』
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ぱちぱち、とはぜる音がする。
最近は1/fとかいう揺らぎの効果があるらしいとかで、キャンドルなどが流行っているらしい。
ただのキャンドルってだけじゃなくて、音がするやつもあるのよ、ってお姉さんが言っていた。
そうなんだ、と適当に返事をしてしまったことを後悔しない日は、実はある。
言わなくても良いこと、言った方が良かったこと。そんなことはいくらでもあるのだ。
蝋燭とか、アロマキャンドル?とかランタンとか、火をつけて比較的安全に鑑賞するための文明 の利器はたくさんあって、人と環境に合ったものを選べるのが良いところだよね。
でもやっぱりさ、そういうこぢんまりしたものって、なんだか気持ちも小さく感じてしまうと思うんだ。
安らぎを、揺らぎを感じるなら、盛大に行くべきじゃない?
昔の人が感じていた心地よさみたいなものも、きっとこれくらいの規模があったからだよ。
いろんなものをついでにくべて、囲みながら、温かいもの、良い匂いのするもの、心がやすらぐも の、口が緩くなるものを各々の手にしていたんだよ。
どたどたどた、と聞き慣れた重い足音が近づいてくる。
さて、どうやって言い訳をしようかな。
一緒に考えてくれない?
パァン、と。木のはぜる音は返事だよね。
『伝えたい』
花束。自分で買うのか、人から戴くのか。飾られているのか、捨てられているのか、道端に添えられているのか。色々なところで目にする機会は多い。
ときに創作において、相手に伝えられない思いが、言葉が、花となって溢れてしまう。
そんな詩的なものがあるらしい。
花は手向けだ。愛する人に、頑張った人に、これからを応援する人に、もう会えない人に、ここには居ない人に数多の想いと共に贈られる。
ならば花束は、言葉の塊だ。丹精込めて育てられた彼らは、人の手によって紡がれ束ねられ、色に花に想像に委ねられ、贈られる。
もし僕たちの紡ぐ言葉も、紡がれなかった言葉も、零した涙も、堪えた何かも。誰かに向けた、向けられた、向けられなかった愛憎悲喜交々、全てをかき集め、束ねたのなら。
誰かに手向ける花束になるのではなかろうか。
僕の。
君の。
あの人の花束は、どんなものなのだろうか。
『花束』