#カーテン
夢を見ていた。
風になびく真っ白なワンピースが似合う、1人の少女。
そして、僕の初恋の人のこと。
向日葵に囲まれたあの夏のこと。
太陽にも負けないくらいの笑顔が、今も脳裏に焼き付いている。
夢から覚めた。
じりじりと肌を焼くような暑さに、蝉の声が響く。
突っ伏していた机からふと顔を上げる。
そして目を見開く。
目の前には、あの少女が立っていたから。
あの頃と少しも変わらない笑顔で、ただ、そこに。
僕は思わず立ち上がり、手を伸ばす。
少女に伸ばしたはずの手は、空を切った。
バサバサと、音が聞こえる。
少女のワンピースにそっくりの、真っ白なカーテン。
風に吹かれて舞い上がると、彼女の笑い声が聞こえてくるような気がした。
僕は天を仰ぎゆっくりと目を閉じる。
夢であれば良かった。
君はもうこの世にはいないってこと。
#涙の理由
小さい頃から、君は泣き虫だった。
いつも僕の後ろに隠れていて、ぐすぐすと鼻を鳴らす音が聞こえていた。
それは、成長してからも変わらなかった。
虫が飛び出してきた時。
大事に育てていた花が枯れた時だって。
君は目いっぱいに涙を浮かべて、僕のところにやって来ていた。
何処ぞのかぐや姫のように、月を眺めて涙を浮かべたり、
夕焼け空に、その頬を濡らしたり。
未熟な僕には、なぜ君が泣いているのか、分からなかった。
だけど、これだけはわかる。
君はとても心が綺麗な人なんだってこと。
だから。ほら。
「ッ、いやだ、1人にしないでよぉ…っ、」
こうして僕の命の灯火が今にも消えそうな時ですら、僕のために涙を流してくれる。
ぽたぽたと落ちる雫が、まるで宝石みたいにきらめいて消えていく。それは僕への最期の贈り物のようだった。
君の涙の理由、今なら分かる。
もう、昔みたいに拭ってあげることはできないけれど。
どうか、その綺麗な心のまま、これからも生きて欲しい。
#ココロオドル
「はぁ……」
自分一人しかいない部屋に、その溜め息は大袈裟なほど大きく聞こえた。
「退屈…」
最近、日常にこれといった楽しみがない。
毎日、家と会社の往復。休みの日は寝て終わる。
友達はみんな忙しそうだし、誘う勇気もない。
ずっとこのまま、変わらぬ生活が続いていくのだろうか。
そう思うと、自身がなんのために生きているのか、分からなくなってくる。
「………」
ダメだダメだ。
マイナス思考にとらわれると、どんどん引きずり込まれてしまう。
こうなったら、無理にでも体を動かして誤魔化すしかない。そうと決まればお出かけだ。
私はしばらく使っていなかったバッグを引っ張り出して、そのまま家を出た。
……………
(昼間だから陽が強いな……)
帽子をかぶってきた方が良かったかもしれない。
そんな小さな後悔をしつつ歩みを進める。
行き先は特に決めていない。目的も決めていない。
ただ、心の赴くままに。
「……あ」
視線の先に、小さなスイーツ店が映る。
最近スイーツなんて食べてなかったから、久しぶり食べようかな。
初めて入る店は緊張したけど、美味しそうなチョコレートケーキを買った。
そのまま帰っても良かったんだけれど、あえて回り道。
特に意味は無い。なんとなくだ。
犬の散歩をしている人。
ランニングをしている人。
色んな人とすれ違う。
(この人たちも、生きてるんだな…当然だけど)
そんなことを、ふと思う。
同時に、少しだけ、同じように生きる命を愛しいと思った。大袈裟だろうか。
「……あ、この花」
小さい頃よく見かけた花だ。
名前は分からないけど、可愛いよねって友達と話していた記憶がある。
私はあの頃とは随分変わってしまったけれど、この花はあの頃と変わらないまま、ただ、そこにあった。
それがなんだか嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
「ふんふんふーん♪」
気づけば鼻歌も歌っていた。
帰路につく足取りは軽い。
ココロが踊るって、こんな感覚なのかな。
当たり前の日常には、こんなに幸せが溢れてる。
#失恋
カチャン。
乾いた音が響く。
一瞬、なんの音か分からなかった。
「…………え?いま、なんて?」
ぐらり、視界が揺らぐ。
「別れよう、俺たち」
遅れて、先程の音は自身が箸を落とした音だと気づいた。
「っ、え…?なんで…?」
聞き間違いかな。うん、そうであって欲しい。
すがる思いで彼を見つめる。
「もう、無理なんだよ。これ以上お前といるのは」
次いで襲ったのは、痛覚。
ズキン、と鋭く胸を刺す。
「待って、そんな、急に……!そうだ、ちゃんと話し合おう?」
ズキ、ズキ、ズキ、
痛みを堪えながら必死に言葉を紡ぐ。
ちゃんと、言葉になっていただろうか。
彼は、静かに首を振った。
………ドクン。
目の前が、真っ暗になる気がした。
呼吸が、浅く、速くなっていく。
「………ごめん」
パリン。
心の中のどこかが、砕け散る音がした。
#正直
『正直に言って?怒らないから』
……嘘だ。
そんなこと言って、怒らなかったことないくせに。
「……なんでもないよ」
「本当に?」
「……うん」
そういうと彼女は、まだ疑いが晴れぬ表情でこちらを見つめる。
どんな感情を抱かれようが構わない。
私は、嘘でできた存在なのだから。