#梅雨
「じゃあ、元気で。」
「………うん、君もね」
そう言って君は踵を返し、私に背中を向ける。
歩き始めた君の姿が人混みに溶けていくのを、私は微笑んで見つめていた。1度でも、君が振り返ってくれることを願って。
「…………」
そんな期待は、微笑みとともに崩れたけれど。
バシャリ、傘が地面に落ちる。
君との別れの場に、君から貰った傘があるなんて、なんて皮肉だろうか。
降り注ぐ雨が、私の涙を隠してくれる。
それだけが、救いだった。
梅雨の時期。
雨は、しばらく止まないだろう。
この雨が続く間だけは、どうか、泣くことを許して。
お題: ただ、必死に走る私。何かからにげるように。
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『素晴らしい!じつに素晴らしい!!』
大臣の声に続き、なにかに取り憑かれたように、わああ、と拍手喝采が沸き起こる。視線の先には、背の高い好青年が、誇らしげな顔で女王の前に跪いていた。
薔薇の女王が統治する、茨の王国。
ここでは、ある変わった掟があった。
-『茨のように、険しい道を乗り越え、何かを成し遂げてこそ、1人前と認められる。』
1人前と認められた暁には、女王様から直々に茨の冠を授けられる。それでようやく、世間から崇められ、尊敬される存在になれるのだ。
割れんばかりの拍手は未だ続いている。
ちらほら、泣いている人もいた。
隣にいる母も、感動したようにうんうんと頷いている。
一方の私は、それら全てとは一切真逆の感情を抱いていた。
(………痛そう)
あんな冠、トゲトゲしてて可愛くないし。
この王国で、そんなことを口にでもしたら、それこそ女王様に直々に首をはねられるだろう。
けれど感情に嘘はつけなかった。
『皆の者も、この素晴らしき青年のように、苦しき茨を切り開き、栄光を手にするのだ』
大臣の言葉と続く歓声に、私の思考は遮られた。
……
「覚えてる?あの子、小さい頃あなたと一緒に遊んでくれてたお兄さんよ」
母にそう言われ、何となくぼんやりと朧気な記憶が蘇った。ああ、そんなこともあったっけ。
「とうとうあの子も1人前に認められるなんて。大きくなったわねえ。」
続く言葉は、わかっていた。
「あなたも早く冠をもらいなさい。そうすれば、女王様に認められて、幸せになれるのよ」
私はそこで聞くことを放棄した。
母はそんな私に気づかず、話を続けている。
心の中に浮かぶのは、ただ、一つだけ。
(認められなければ幸せになれない……そんな幸せの形を決められたものが、本当に幸せと言えるの?)
「…………」
「ちょっと、聞いてるの?全くもう、近所の○○さんと違ってあなたは……」
そこから母の小言が始まる。
私はそれを聞き流しながら、ある覚悟を決めつつあった。
(………逃げよう)
この国から。
もう、この国で、私が幸せになれることはない。
………
兵が休憩に入り、警備の甘くなる午前2時。
私はそれを見計らって家を抜け出した。
久しぶりに目にする外の世界は、ただ、優しく、何も変わらずにそこにあった。
なんだか、涙が溢れそうになるのをぐっとこらえて前を向く。
次の瞬間、私は地を蹴り、走り出した。
どこに行くかなんて、決めてない。
ただ、走った。
この国から逃れ、本当の幸せを手に入れるために。
お題 『ごめんね』
※自傷をほのめかす表現あり
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私は自分が嫌いだ。
どれくらい嫌いかって言われたら、自分のこと嫌い選手権が開催されていたら堂々のトップをとれるくらい嫌いだ。
原因探しは指折り10過ぎた辺りで諦めた。
嫌なことがあれば自分に矛先を向け、傷つける日々。
最初は痛かった。
けど、痛みなんて案外すぐ慣れてしまった。
本当に痛いのは、心。
それに蓋をして、体の痛みで誤魔化しているだけ。
心も体も麻痺してしまった。
痛覚すらも今では愛おしい。
「……なんで私、生きてるのかな」
ぽつり、零した言葉は誰にも届くことなく空気に溶けていく。溶けたそばから、黒い雲となって、私の心に激しい雷雨を連れてくるのだ。
チャンネルのズレたつけっぱなしのラジオがザアザアと音を立てている。それが嫌に耳についた。
ああだめだ、これは。
経験的に、そして本能的に理解していた。
体が無意識に立ち上がる。
たしか、あそこに置いたはず。
目的のものを求めて、辺りを見渡した。
その時だった。
「………?」
微かな、違和感。
雨粒が水たまりにポタリと落ちたような。
しかし、その波紋は確かな存在感を残していく。
見慣れない、水色の背表紙。
気づけば体が吸い寄せられていた。
「こんな本、あったっけ…」
手に取ってみる。
不思議なことに、本の表紙にはなんのタイトルも書かれておらず、作者も何も、分からなかった。
「…………」
自身を傷つけようとしていたことさえ忘れ、私はその本を開いていた。
そこに書かれていたのは。
『自分を抱きしめて。そうすれば、道は開けるから』
ただ、その一言だけだった。
「……?なにこれ」
あまりの情報量の少なさに、拍子抜けする。
なに?自分を抱きしめてって。
どういうこと?
けれどその本は、それ以外の選択肢を許さないとばかりにただ、そこにあり、その言葉を主張していた。
「…………」
自分を抱きしめる、なんて。
そんなこと、したこともなかった。
なんのために?なんで?
疑問は尽きなかった。けれど、この本の言っていることは、何故か不思議な説得力があった。
私は、恐る恐る自身の体に手を回す。
そして、腕をクロスさせる形でゆっくりと体を抱きしめた。
「…………!?」
すると、みるみるうちに脳内に映像が流れ出した。
(いたい、いたい、いたい、痛い………っ!!!)
(やめて、もういやだ、やめて、っ……!!)
これは、なに……?
(いたい、痛いよ、お願い、助けてっ………!!)
ああ、これは。
私の、心の声だ。
自身を傷つけてきたこと。
苦しめてきたこと。
悲しませてきたこと。
…それら全てに対する。
私は圧倒されていた。
こんな、痛みを、自身に背負わせていたのか。
こんなにも、苦しめて来たのか。
体に触れる温かさにつられ、氷が溶けるように、心に流れ込んでくる。
目からは、自然と涙が溢れていた。
「ごめん、ごめん、ね、今まで傷つけてきて、ごめん…痛かったよね、辛かったよね、苦しかったよね…、っ、ごめん、ごめんなさい…っ…!」
気づけば、そんな言葉を紡いでいた。
私は涙が枯れるまで、ひたすらに子供のように、泣き続けていた。
……降り続けていた雨は、とっくの昔に止んでいた。
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セルフハグはいいぞ!ということを伝えたくて無理やりねじ込みました。みなさんも限界だ!って時はぜひやってみて下さいね。