レイ

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お題: ただ、必死に走る私。何かからにげるように。

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『素晴らしい!じつに素晴らしい!!』

大臣の声に続き、なにかに取り憑かれたように、わああ、と拍手喝采が沸き起こる。視線の先には、背の高い好青年が、誇らしげな顔で女王の前に跪いていた。

薔薇の女王が統治する、茨の王国。
ここでは、ある変わった掟があった。

-『茨のように、険しい道を乗り越え、何かを成し遂げてこそ、1人前と認められる。』

1人前と認められた暁には、女王様から直々に茨の冠を授けられる。それでようやく、世間から崇められ、尊敬される存在になれるのだ。

割れんばかりの拍手は未だ続いている。
ちらほら、泣いている人もいた。
隣にいる母も、感動したようにうんうんと頷いている。
一方の私は、それら全てとは一切真逆の感情を抱いていた。

(………痛そう)

あんな冠、トゲトゲしてて可愛くないし。
この王国で、そんなことを口にでもしたら、それこそ女王様に直々に首をはねられるだろう。
けれど感情に嘘はつけなかった。

『皆の者も、この素晴らしき青年のように、苦しき茨を切り開き、栄光を手にするのだ』

大臣の言葉と続く歓声に、私の思考は遮られた。

……

「覚えてる?あの子、小さい頃あなたと一緒に遊んでくれてたお兄さんよ」

母にそう言われ、何となくぼんやりと朧気な記憶が蘇った。ああ、そんなこともあったっけ。

「とうとうあの子も1人前に認められるなんて。大きくなったわねえ。」

続く言葉は、わかっていた。

「あなたも早く冠をもらいなさい。そうすれば、女王様に認められて、幸せになれるのよ」

私はそこで聞くことを放棄した。
母はそんな私に気づかず、話を続けている。

心の中に浮かぶのは、ただ、一つだけ。

(認められなければ幸せになれない……そんな幸せの形を決められたものが、本当に幸せと言えるの?)

「…………」

「ちょっと、聞いてるの?全くもう、近所の○○さんと違ってあなたは……」

そこから母の小言が始まる。
私はそれを聞き流しながら、ある覚悟を決めつつあった。

(………逃げよう)

この国から。
もう、この国で、私が幸せになれることはない。

………

兵が休憩に入り、警備の甘くなる午前2時。
私はそれを見計らって家を抜け出した。

久しぶりに目にする外の世界は、ただ、優しく、何も変わらずにそこにあった。
なんだか、涙が溢れそうになるのをぐっとこらえて前を向く。

次の瞬間、私は地を蹴り、走り出した。
どこに行くかなんて、決めてない。
ただ、走った。
この国から逃れ、本当の幸せを手に入れるために。

5/30/2023, 11:28:40 AM