NoName

Open App
2/5/2025, 9:45:56 AM

永遠の花束


るいはその日、薬草をつんでいた。空から何か降ってくるのが見えて、目をこらす。人型をしていると気づいた瞬間るいは師匠のもとへ走った。
「…っ!師匠!」
「るい、慌てるな。わかっている」
そう言うと白髪の老婆は手で印を結んだ。ぶわっと蒼い風が吹き抜け、落ちてくるなにかをつつみこんだ。
ゆっくりと降りてきた風が運んできたのは…角の生えた少年だった。
「う…」
ゆっくりと少年が目を開ける。その瞳は青空を映したように青く、奥に雷の光が見えた。
「大丈夫ですか?」
「な、なんだおまえら…!」
少年は警戒し、さっと起き上がった。
「ふむ、どうやら雷の子が落ちてきたようだね」
「雷の子?」
「空の上には天気を操る鬼がいると聞いたことはあるだろう。雷の子は雷から生まれ、雷を操る力を持つ鬼のことさ」
「……」
「何があったかは知らないが、自力で戻れぬようだし、しばらくはうちにおいでなさい。るい、案内をしておやり」
「はい!これから家に戻ります。わたしに付いてきてください」
るいが話しかけると顔を背けながら少年はゆっくりと口を開いた。
「…人間の世話になんか、ならない」
瞳の奥にはパチパチと先程見た時よりも激しい雷が光っていた。
「どうしてですか?」
「……欲深い人間なんかと過ごしたら力が弱まるからだ」
「神聖な力は清き魂だからこそ使えるもの、ですよね。だからこそ、ここ以外に行くほうが危険かと思います」
「はあ?何を言っている?おまえ」
るいは背筋を伸ばし、真っ直ぐに少年を見据えて言った。
「わたし達は、仙人です」

「…仙人?」
戸惑う少年に老婆が説明する。
「仙人とは清き魂を持つと認められた者を指す言葉だ。この山は特別な山でね、清き魂でないと息もできないんだよ。ここに住んでいる仙人は私とるいだけだ。この山のことは熟知しているし、闇雲にどこか行くよりかいくぶん安全だろう」
「……わかった、よろしく頼む」
警戒心は解けてないようだが、思いのほか素直に頷いた少年は、老婆とるいの後ろについていき、しばらく一緒に過ごすことになった。その少年には名前が無かったので、るいと老婆はその少年のことをらいと呼ぶことにした。

この山はいつも晴れている。るいは大きな岩の上に立ち、自分の中の''気''を溜めて力を使う練習をしていた。
「なあおまえ」
「るいです。名前で呼んでください。なんですか?」
「あのばあさん、何者だよ」
「…師匠のことはわたしもよくわからないんです。ただ…仙人というのは元々の素質に左右されるものなんです。人には生まれながらに''気''が存在します。仙人はそれを溜めて神力と呼ばれる力に変換し使うのですが、師匠の力は別格です。あまり失礼を重ねるとお仕置きされますよ」
「ほう。たしかにあのばあさんのまとう雰囲気は普通じゃない。…お仕置きってなにされるんだ?」
「……恐ろしいですよ」
「…」
その日かららいも老婆のことを師匠と呼ぶようになった。


らいが来てから数週間が経った。るいとらいは親しくなり、今では外でお喋りをするのが日課となっていた。
ある日、らいは疑問に思っていたことをるいに訊いた。
「るい。おれはここに来てから一度も花を見ていないんだが、ここでは花は咲かないのか?」
「はな?鼻ならここにあるじゃないですか」
るいは自分の鼻を指してみせた。らいは冗談を言っているのかと思ったが、るいは冗談を言うような子ではなく、今も真剣に話している様子だ。違和感を覚えながらもるいが話しかけるので次の話題にうつってしまった。
家に入ると老婆は

2/3/2025, 9:44:10 AM

[隠された手紙]

────どうしてこんなことに…!
目の前でにこにこしてるこいつをぶん殴ってやりたい。どこからこいつの手のひらの上だったのよ!

よし。書けた!最近、幼なじみの玲香との文通をしている。玲香に誘われて最初は嫌々やっていたんだけれど、最近は慣れてきてこれが結構楽しいのよね。ちょうど書き終わった玲香への返事をお気に入りのシールで封をしてかばんにいれる。
「手紙出してくる」
そう言って家を出ると、げ、嫌なやつがいる…。
「ん─?どっか行くの?」
こいつは私のもうひとりの幼なじみ、伊月。私より一歳年上なのに子どもっぽい憎たらしいやつ…!
「関係ないでしょ。失せなさいよ」
「え─冷たいな───」
こいつに関わるとめんどくさいのでさっさと通り過ぎることにする。
「手紙?なになに、誰と?僕にはないの?」
歩く速度をあげる。それでも横にぴったりとくっついてきて話すのをやめない伊月にとうとう反応してしまった。
「うるさいわね!誰とでもいいでしょう!あんたなんかには一生書かないわよ!」
はっ。言い過ぎてしまったかも…。ちらりと伊月の顔を見る。あれ?なんか笑ってる……?
「傷つくな─そこまで言われると逆に欲しくなるな。そうだ、勝負しようよ」
「はあ?」
「八尋が負けたら僕に手紙を書いてよ。僕が負けたら1個なんでも言うこときくよ」
「だれが…!」
そんなのやるのよ、と言おうと思ったけど、今何でも言うこと聞くって言ったわね。日頃の恨みを晴らすチャンスじゃない!
「やる?やらない?」
「…どんな勝負なのよ」
「お、いいね。じゃあ、僕が君がこれからすることを当てるから当たったら君の勝ち。外れたら僕の勝ちね」
(そっちの方が有利じゃない!)
でも、まって。私が何をしようかなんてそんなの私が答えを変えてしまえばいいだけだわ。簡単ね。
「いいわ」
「じゃあいくよ。君は、これから僕に手紙を書く」
「はあ?!そんなのずるじゃないの!!」
「え?なにが?」
とぼけた顔してんじゃないわよ!
(当たってようが外れてようが私があんたに手紙書くことになってんじゃない…!!)
いいえ、落ち着くのよ。いいわ、書いてやろうじゃない。悪口で埋めつくした手紙、あんたに届けてあげるわよ…!
「ふう、私の負けね。小賢しい真似してくれるけど、勝負は勝負よ」
「やった──!」
ふん、喜んでいられるのも今のうちよ。

そうこうしているうちにポストの前まで来ていた。玲香への手紙をポストに入れて来た道を戻る。この暇人はいつまでついてくるのかしら。
「じゃあ土曜日でいい?」
「は?」
何を言ってるのこいつは…。え?私、なにか聞き逃したかしら…?
「よく聞いてなかったわ。もう一度最初から話してくれない?」
「仕方ないなあ。デートする日だよ!土曜日はどうかな?」
「は??」
何を言ってるのこいつは…!
「ちょっと!どうして私があんたとデ…一緒に出かけることになってんのよ!!」
「どうしてって、手紙は直接渡して欲しいし──僕が君と出かけたいからだよ」
こいつの思考回路どうなってんのよ!でも、こいつがこうと決めたら言い返すだけ無駄なのよね…。
「もうなんだっていいわよ…」
手紙を出しにいくだけの予定だったのに、こいつのせいでげっそりよ…。


家に着いてベッドに飛び込む。結局押し切られて土曜日はデート、じゃないわ!一緒に出かけることになってしまった。そうよ、出かけるだけよ。散歩にでも行くと思えばいいわ。
「はあ…。」
天井を見上げる。どうしよう…。そうは言っても異性と二人きりで出かけるなんて初めてだし、何着てけばいいのよ。
「ああもう!!」
全部あいつのせいよ!!こうなったら手紙に日頃の恨みを書いてやるんだから!ばっと飛び起きて机に向かう。
ガリガリガリ…う、でもあいつも良いところはあるのよね。そうよ、恨み言だけ書くのもね、私の品が落ちるというものだし…お世話になってるところはあるし…。少しね!少しだけよ!……ちょっと直そうかな…ゴシゴシゴシゴシ…直接は言えないから感謝の気持ちとか書いといた方がいいかも…カリカリカリ…いやいや!何書いてるのよ!…でも、手紙くらい素直になれたら…カリカリ…はっ、これはさすがにだめよ、絶対あいつが調子に乗るわ…ゴシゴシ……

────⋯ん?いつの間にか寝ていたみたいね。ああ!手紙がぐしゃぐしゃじゃないの!書き直さなきゃ…!新しい紙に手を伸ばしかけていや、と思い直す。これ、伊月宛てだったわ。
「あいつにはこれで充分よ!」
読み返すのもめんどくさいので適当に封筒に入れて封をする。これで手紙は大丈夫ね。問題は服よ…。玲香に相談しよう…。


「八尋さんにはやっぱり青が似合いますね。そのワンピース、とても素敵です」
「そ、そう…?じゃあこれにするわ」
玲香は私よりひとつ年下だけれど、落ち着いていて私はよく玲香に相談を聞いてもらっている。
「わざわざ家まできてもらって悪かったわね。でも…た、助かったわ…」
ああ、なんでこう素直にありがとうが言えないのよ…!
「いえいえ。お力になれたなら良かったです。」


土曜日。うう、早めに着いてしまったわ。楽しみにしてたなんて思われたらどうしよう……。
「わあ、八尋、来るの早いね!待たせたかな?」
「べ、別に…私も今きたところよ!」
「良かった!じゃあ行こうか」
そう言って伊月が向かったのは植物園だった。ちょうど薔薇が見頃らしい。私の好きな花だわ…。まさか覚えてくれてたのかしら?…そんなわけないわよね。
「…っ!わあ!綺麗…!」
「ほんとにすごいね…!」
満開の薔薇はそれだけで見応えがあった。その後も色々な植物を見て回り、普通に楽しんでしまった。
(普通に楽しんでたけど、まだ手紙が渡せてないわ…ていうか、いつ渡せばいいのよ)
手紙の存在を思い出したら頭がいっぱいになってしまった。あらためて考えたら、なんで手紙なんか書いちゃったのよ…!うう、何書いたか思い出せないわ。変なこと書いてないわよね?!そうだわ、一度確認しよう。封をしたけれど、そっと外せばバレないわよ。かばんに手を突っ込む。ごそごそ。あれ?ごそごそごそ…
(…ない!!)
さあっと血の気が引く。まさか落とした?いや、でもかばんは一度も開けてないわ。……家に、わすれた?
(そういえば…!)
あまりにくしゃくしゃだったから少しでも直そうと本の間に入れてたんだったわ…。手紙を忘れるなんて…出かけるのを楽しみにしていたって言うようなものじゃない!絶対馬鹿にされるわ……!

「どうしたの?急に黙りこくって」
「いいえ、なんでもないわ?!」
「そう?ならいいんだけど…。ねえ、そろそろ手紙、ちょうだいよ」

もうごまかせないわ…そうだわ、思いついた!

「ねえ伊月、私と勝負しましょうよ」
「え?勝負?」
「そうよ。あんたが勝ったら手紙を渡す。前回の勝負は手紙を書くまでしか言ってなかったでしょう?」
「そう来るか…。いいよ、前回の仕返しってわけだ。それで、どんな勝負?」
「簡単よ。私は手紙を隠した。見つけられたら、あんたの勝ちよ」
「なるほどね」

手紙は絶対に見つけられないわ。家にあるんだもの…。

「ねえ、探す範囲相当広いしさ、見つけるの大変だと思うんだよね。だから僕が手紙を見つけたらなにかご褒美が欲しいなあ」
「…そうね。もし見つけられたら何でもひとつだけ言うことをきいてあげるわ」

そんなことは万が一にも無理でしょうけどね。
ほら、お手上げでしょう?
……絶対に私が勝てる勝負なのに、なんだか楽しくないわ。…手紙、せっかく書いたのにな…いやいや!手紙が渡せないのなんてどうでもいいのよ!ただ…これは伊月に対して誠実とは言えないから…やっぱり謝らなきゃ。決心して伊月の方をみる。肩が震えている。まさか、泣いてる…?
いや、これは……

「ふ、ふふ…」
「な、なに笑ってんのよ。頭おかしくなっちゃったの?」
「いやあ、手紙を見つけたら僕の勝ち、なんだよね?」
「そうだけど…。絶対に無理よ、あなたには」

妙な笑みを浮かべながら伊月はポケットに手を突っ込んだ。まって…なんだか嫌な予感がするのだけど……。

「隠された手紙はこれ、かな?」
「どうしてそれを…!」

伊月の手には私が家に忘れたはずの手紙が握られていた。

「僕の勝ちだねえ─何をきいてもらおっかな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!おかしいわ、なんであんたがそれを持ってるのよ?!」
「見つけたんだよ?───と言いたいとこだけど、実はね…」

伊月が言うには、私が家を出たあと、玲香がうちに来たらしい。私が貸していた本を返しにきたついでに今日の様子を見に来てくれたようだ。私は集合時間よりもだいぶ早めに出ていて家にはいなかったので、玲香は本を返して帰ろうとした。そこで本棚からはみ出ている手紙を見つけた。伊月の名前が書いてあったのでどこにいるかわからない私ではなく、伊月に届けたということだった。

「…ずるいわよ」
「君がそれを言うの?」
「くっ…勝負は、勝負よ。何をして欲しいのよ、言ってみなさい」
「負けた側のくせして偉そうだなあ。まあいいか。今日一日君の色んな顔が見れたから。手紙がないって気づいた時なんか最高だったよ!」
「な、ほんと嫌なやつ!!」
「そうやってころころ変わる表情が見てて飽きないんだよなあ」
「ばかにしてるのね!」
「いやいや、君のそういうところに惹かれたって話だよ」
「は…は?」
「君のことが好きみたいだ、八尋。八尋の気持ちも聞かせて。これがお願い」
「わ、私なんかのどこがいいのよ、あんたって趣味悪いわ」
「そうだなあ。キツイ口調なくせに言ったあと言いすぎたって反省してしょんぼりしてるとことか、褒められ慣れてなくてすぐ赤くなるとことか可愛いなって見てたし。負けて悔しくてもちゃんと約束は守るとことか、なんだかんだ文句いいながらも僕に付き合ってくれるとことか好きだなあってずっと思ってたよ」
「…っ!」
「ね、ほら次は八尋の言葉が聞きたい」
「……わかって言ってるでしょ…!」
「なんのことかな?」

とぼけた顔してんじゃないわよ…!

「…本当に嫌いなやつに手紙なんか書かないわよ!一緒に出かけたりなんかしないわよ!私が好きなら、わかるでしょ…!!」

ああ、顔が熱い…。伊月の方を見てられないわ。

「君って文字だと素直なのにねえ…ほら、''本当は好きなのに素直になれなくてやだ…''って」
「何勝手に読んでるのよ!」

手紙の端にかいてたやつ、消してなかった…?!

「ふふ、僕たち両思いじゃん。次は本当のデートができるね」
「それはどうかしらね」
「んん?次は本音隠してきたのかな?僕が見つけてあげようか?」

この男は……。

「うるさいわよ!!!」

2/2/2025, 9:39:33 AM

ある日、目覚めたら隣にわたしがいた。

……えっと、状況を整理するか。とりあえずほっぺをつねる。いてて。夢⋯ではないな。だとしたら現実で、わたしは今こんなファンタジーにあってるってことなの?はあ?いや待てよ、落ち着け。とりあえず、学校休む口実できたな。良かった、課題終わってなかったし。それは喜んどこ。やっほい。なんて現実逃避は良くないな。えーと、なんでこんなことになってるかってことだけど
①瓜二つな双子がいた説
②瓜二つな他人が不法侵入してた説
③よくできたロボット説
とか?ああ、あと分身の術……んなわけあるか!!
いやでも実際にこんなこと起きてるしなあ。ある、のか?いやでも……
「んが──んん?」
あ!起きたようだ。なんか自分を見るのって不思議な感じするなあ。これロボットじゃなさそう。③は没。
「え!!わたしがいる!!?」
そうなるよね。これ不法侵入したやつのセリフだったらもはや怖いよ。②もなさそうだな。え?てことは①?
「わたしって分身できたのか……?」
うわ──この思考回路、完全にわたしじゃん。でも一応確認しなきゃかな。
「色々考えてるとこ、ごめんなんだけど、名前教えてもらっていい?そんで、あなたどっからきたの?」
「え?えっと、こっちのセリフなんだけど……ここわたしの部屋だよ?あ、もしかして生き別れの双子のお姉さんだったりする?」
「わたしも今それ考えてたんだよ。あとここはわたしの部屋だから」
「はあ?まあいいや。名前?名前は佐伯由紀だよ」
「え」
「え?」
「……一緒なんだけど。同姓同名の他人、なわけないよね。こんなに似てるのに。」
「は!!?こわ!!」
どうなってるんだこれ?──トン トン トン
まずい階段を登ってる音がする。わたしを起こしにきたようだ。お母さんになんて説明をする?ちらっと視線をうつすともう一人のわたしも察してあわあわしてる。わたしって傍から見たらこんなに態度に出てるのか、ちょっとうける。そんな場合じゃないわ、とりあえずお母さんをなんとかしないと!
「早く起きなさい!」
バンッとドアが開く。
「えーっと、今日ちょっと体調悪くて!学校休ませてほしい!あと、うつったら悪いから部屋には入らないで!」
布団にうずくまりながらもごもごしゃべる。
「はあ?あなたが体調崩すなんて珍しいわね、雨でも降るのかしら?まあ休みたいならそうしなさい。お母さん、もう仕事行くからね。」
お母さんはそう言い残し、ドアを閉めて階段を降りていった。ドアの裏に咄嗟に隠れたもうひとりのわたし、グッジョブ。

両親は仕事に行き、家にはわたしともうひとりのわたしだけになった。
「状況を整理しよう…夢ではないなこれは。」
そう言ってもうひとりのわたしはほっぺたをつねった。既視感あるなあ。ん?でも…
「どっちもわたしなのに、なんか少し違う気がするな」
「え?」
「今あなたほっぺたつねってたけど、わたしだったら最初に夢かどうか疑うし。そっちは最初に分身説あげてたよね」
「たしかに…。」
「もしかしたら平行世界からもうひとりのわたしがきたのかもしれないな。普通なら有り得ないことだけど実際有り得ないことが起きてるわけだし。」
「でもさ、したらどっちがこの世界のわたしって言えるんだ?」
う───ん…。なんだこれ、めんどくせえ。わたしはこーゆーの考えるの向いてないんだよね。
「考えるの飽きた。どうしよーもこーしよーもないし、せっかくだからそっちの世界のわたしのこと教えてよ」
とりあえず話を聞かせてもらおうではないか。
「テキトーだな、まあいいや。話すの好きだし」
やっぱり会話してても思考回路のズレというか、言う言葉がハモったりはしないな。同じ自分だったら言うことが被るもんじゃない?思考回路同じなんだし。なんか都合いい感じするな──なんて考えてる間にもうひとりのわたしは話し始めた。仲良しの友達、好きな物、楽しかった思い出などなど。
「うん、ぜーんぶ知ってるわ。つまんないな。まったく同じじゃん」
「一緒なんだからわかりあえて楽しいんじゃないの?」
「いや、なんか、違うというかなんというか…わたしの求めてるのは……」
「?めんどくさいひとー」
そうだよね、なんでだろ。自分がもうひとりいたら意見が合わないなんてことないし、感じ方も一緒だから楽しいはずじゃないの?でも、なんか違うって思うんだもん…。
うんうん唸っているともうひとりのわたしが何か気づいたようだ。
「ねえ…これ……。」
「え?……ああ」
もうひとりのわたしが指さした先には、1枚の写真があった。正確に言えば半分に破れてわたししか写ってないけど。そういえば誰かと撮ったんだよね。破れた半分に写っていたのは誰だったかな…。まあいっか。
「ねえ…これって──」
「そうだ、お腹空かない?朝ごはんまだだったし。」
もうひとりのわたしがなにかを言いかけたが、被せるように言葉が口をでた。これ以上、もうひとりのわたしからなにもききたくない。本能がそう言っている。
「まって」
部屋を出ようとしたらもうひとりのわたしがわたしの腕をつかんだ。
「まって。違和感に、もう気づいてるでしょ」
なにを言ってるんだ?なにを───⋯
ふっと目の前が暗くなった。あれ、わたしはなにをしようとしてたんだっけ。そうだ、会いに行かなきゃいけないんだ。
「優佳にはもう会えないよ。」
誰?優佳って。───いや、知ってる。忘れるわけない。まって、優佳に会えないの?なんで?
「わかってるでしょ。わたしが言ったんじゃないか。」
なにを?
「言ったでしょ、優佳に。バイバイって。」

篠森優佳はわたしの親友だ。家が隣同士で幼い頃から一緒にいた。正反対な性格だから周りからはよく、なんで仲良くしてるのかきかれることも多かった。わたしはどっちかって言うと明るいお調子者で考えたことがすぐ態度に出るタイプだけど、優佳はおとなしい子で疑問に思ったことは色んな可能性を静かに考えるタイプだった。わたしもその影響を受けて有り得ないことでも可能性として考えるクセがいつの間にかついていた。でも、わたしは優佳の慎重に動けるところとか、おとなしいけど自分の意見をはっきり伝えてくれるところとかが大好きだったし、優佳もわたしといると新しい世界が広がっていくみたいと言ってくれていた。わたし達はお互いにお互いを尊敬していたし、一緒に過ごす時間が大好きだった。これからも一緒にいるんだと、それを当たり前のように考えていた。でも───
「私、引っ越すことになったんだ。」
え……。
突然だった。冗談やめてよ、って笑おうと思ったのに、真剣な表情してる優佳をみたらなにも言えなくなってしまった。なんとか声を出して優佳に引越し先を聞いた時、会おうと思って気軽に会えるような距離ではなかったから、頭が真っ白になった。会えなくなる。その事実だけが心に重くのしかかってきた。気持ちが追いつかない中、なにか言わなきゃと思って、わたしは間違えてしまった。
「…そう、じゃあもう会うこともなくなるね、バイバイ」
今まで出したことのないような冷たい声が出た。違う、わたしが言いたかったことはそうじゃない。バイバイなんて、言いたくない!はっと優佳の顔をみたら泣きそうな顔をしていた。わたしも、同じ顔をしてたと思う。ここにいたくない。優佳を置いて走って帰った。家に帰って謝らなきゃという気持ちになっていたけど、優佳に会ってもう一度あの辛い現実に向き合うのが嫌だったから、わたしは逃げた。
優佳にバイバイなんて言ったのあの時が初めてだったな。言う日がくるなんて思ってなかった。でも、だってもう優佳に会えないってわかってるのにまたねなんて言えない。言えなかった!!
あの日の優佳の顔が頭から離れなかった。こんなに悲しい別れがくるなら出会うんじゃなかった……。忘れてしまいたい。わたしは優佳と撮った写真を半分に破いた。涙がぼろぼろと溢れた。わたしが、関係を壊したんだ───

「あの日、わたしが走って帰った時優佳は追ってこなかった。優佳はわたしを嫌いになったんだよ。だからわたしも優佳のことなんて忘れてやるんだ。新しい思い出なんていくらでもつくれるんだから」
「…覚えてないの?」
「なにが?」
「優佳はあの日、わたしを追ってきてくれてたんだよ。優佳が運動苦手なの知ってるでしょ、わたしに追いつけるわけないじゃん。」
「たしかに…」
「優佳は、あんな別れ方でいいわけないってわたしを追ってくれてた。でも途中で…」
「途中で?なに、やっぱり諦めたんじゃん」
「走るのになれてないから足をもつらせて階段から落ちたんだよ。家で救急車の音をきいたでしょ」

……そうだ、あの日救急車がやけにうるさくて…でもそんなの気にならないくらい泣いてそのまま寝てしまった。次の日の朝お母さんから優佳が階段から落ちて病院に運ばれたことを聞いたんだった。
「わたしは自分が許せなかった。わたしと関わったために優佳はあんな目に…そう考えて無意識のうちに優佳のことを忘れようとしたんだよ。そして、誰とも関わりたくない、でもひとりはいやだという気持ちが、もうひとりのわたしをつくりだしたんだよ」
「わたし、最悪じゃん。じゃあ、なに、今見てる目の前のわたしも幻ってわけ?」
「そうだけど、そうじゃない。わたしが作りだしたわたしだから、実体はないけどわたしのなかにある。わたしの意思はあなたの意思だし、あなたの意思はわたしの意思。自覚してしまったからわたしはもう消えるけどね。間違えたんならやり直せばいいよ。わたしの親友を信じて」
そう言ってもうひとりのわたしは消えた。いやわたしのなかに戻っていった、って感じかな。

なにしてたんだろ、わたし。まだやるべきことあるじゃん。自分しかみえてなかったんだ、あの時は。ごめん、ごめん優佳…!走って会いに行くから!
「よし、行くぞ」
勢いよく自分の部屋を出て階段を降りる。靴を履いて玄関の扉を開けた。ゴンっと鈍い音が外でした。ん?なにかにぶつかったか?そーっと覗いてみると…
「優佳!?」
「痛た…あ、由紀。えーとおはよう…?」
「え!?あんた入院してたんじゃないの?!わたし会いに行こうとしてたんだけど…!!」
「え?!入院?!なんで?だれが?私?」
「だって…階段から落ちて救急車で運ばれたんでしょ…?わたしを追いかけて」
「階段から落ちたけど…3段くらいの階段だよ?救急車はわたしがこけたのにびっくりして近所の人が呼んだの。まさか3段の階段にこけて倒れ込むと思わなかったんだって」
「なんだよお…」
「心配かけた?ごめんね」
「謝らないで!謝るのはわたしの方…ごめん。
……あのさ、わたし優佳と話したい」
「私もそのつもりできたんだよ」
優佳はわたしにそう言って笑いかけてくれた。そして大きく息を吸った。ん?優佳どうした?

「ばか!!なんで私の話ちゃんと聞いてくれないの!バイバイなんて、聞きたくなかったわ!勝手に私達の関係を終わらせないでよ!いい?!あなたがなんていったって私はあなたとの関係を終わらせることなんてこれっぽっちも考えてないんだから!」
「優佳……ごめん、本当にごめん」
「ほんと、由紀って自分のことばっかりなんだから。人の話もろくに聞かないで突っ走ってくし。ばかよね」
むむ、その通りだけど…ばかとはなんだばかとは!!これは文句を言ってやらねば……
「ばかなんだから……」
「泣かないでよ、ばか…」
なんだか安心してわたしも泣けてきた。勝手に決めつけてごめん。離れても、わたし達の関係に終わりは来ないよ。

優佳が引っ越すことに変わりはないけど、あのまま別れることにならなくて良かったな。もうひとりのわたしに感謝感謝。どんなことがあっても、もう自分の気持ちを捨てたりしないよ。だから、もうひとりのわたしへ、ばいばい!

1/30/2025, 3:26:22 PM

「ホントのあたしはこんなもんじゃないの!」

ふんと鼻を鳴らす。バツだらけの答案用紙。とうとう言い訳も尽きたのね。ああ、私の子はどうやら頭がよくないようです。知っていたけれど。

そう、知っているのよ。あなたのことはすべて。
何年一緒にいると思っているの。
なのに、「こんなもんじゃない」?
落ち着いて。これがあなたの実力よ。認めなさい。

でもね、頑張ってるあなたも知ってる。最近なんだか急に大人びてきて知らない人に見える時もある。まだまだお子様のようだけれどね。

たしかに、あなたの言うとおりかも。あなたはまだまだこんなもんじゃない。だから、これからもまだ私の知らないあなたに会えるはずね。待ってるわよ。私はね、あなたの成長がなによりの楽しみなのだから。

「はいはい、伸びしろに期待ね」