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[隠された手紙]

────どうしてこんなことに…!
目の前でにこにこしてるこいつをぶん殴ってやりたい。どこからこいつの手のひらの上だったのよ!

よし。書けた!最近、幼なじみの玲香との文通をしている。玲香に誘われて最初は嫌々やっていたんだけれど、最近は慣れてきてこれが結構楽しいのよね。ちょうど書き終わった玲香への返事をお気に入りのシールで封をしてかばんにいれる。
「手紙出してくる」
そう言って家を出ると、げ、嫌なやつがいる…。
「ん─?どっか行くの?」
こいつは私のもうひとりの幼なじみ、伊月。私より一歳年上なのに子どもっぽい憎たらしいやつ…!
「関係ないでしょ。失せなさいよ」
「え─冷たいな───」
こいつに関わるとめんどくさいのでさっさと通り過ぎることにする。
「手紙?なになに、誰と?僕にはないの?」
歩く速度をあげる。それでも横にぴったりとくっついてきて話すのをやめない伊月にとうとう反応してしまった。
「うるさいわね!誰とでもいいでしょう!あんたなんかには一生書かないわよ!」
はっ。言い過ぎてしまったかも…。ちらりと伊月の顔を見る。あれ?なんか笑ってる……?
「傷つくな─そこまで言われると逆に欲しくなるな。そうだ、勝負しようよ」
「はあ?」
「八尋が負けたら僕に手紙を書いてよ。僕が負けたら1個なんでも言うこときくよ」
「だれが…!」
そんなのやるのよ、と言おうと思ったけど、今何でも言うこと聞くって言ったわね。日頃の恨みを晴らすチャンスじゃない!
「やる?やらない?」
「…どんな勝負なのよ」
「お、いいね。じゃあ、僕が君がこれからすることを当てるから当たったら君の勝ち。外れたら僕の勝ちね」
(そっちの方が有利じゃない!)
でも、まって。私が何をしようかなんてそんなの私が答えを変えてしまえばいいだけだわ。簡単ね。
「いいわ」
「じゃあいくよ。君は、これから僕に手紙を書く」
「はあ?!そんなのずるじゃないの!!」
「え?なにが?」
とぼけた顔してんじゃないわよ!
(当たってようが外れてようが私があんたに手紙書くことになってんじゃない…!!)
いいえ、落ち着くのよ。いいわ、書いてやろうじゃない。悪口で埋めつくした手紙、あんたに届けてあげるわよ…!
「ふう、私の負けね。小賢しい真似してくれるけど、勝負は勝負よ」
「やった──!」
ふん、喜んでいられるのも今のうちよ。

そうこうしているうちにポストの前まで来ていた。玲香への手紙をポストに入れて来た道を戻る。この暇人はいつまでついてくるのかしら。
「じゃあ土曜日でいい?」
「は?」
何を言ってるのこいつは…。え?私、なにか聞き逃したかしら…?
「よく聞いてなかったわ。もう一度最初から話してくれない?」
「仕方ないなあ。デートする日だよ!土曜日はどうかな?」
「は??」
何を言ってるのこいつは…!
「ちょっと!どうして私があんたとデ…一緒に出かけることになってんのよ!!」
「どうしてって、手紙は直接渡して欲しいし──僕が君と出かけたいからだよ」
こいつの思考回路どうなってんのよ!でも、こいつがこうと決めたら言い返すだけ無駄なのよね…。
「もうなんだっていいわよ…」
手紙を出しにいくだけの予定だったのに、こいつのせいでげっそりよ…。


家に着いてベッドに飛び込む。結局押し切られて土曜日はデート、じゃないわ!一緒に出かけることになってしまった。そうよ、出かけるだけよ。散歩にでも行くと思えばいいわ。
「はあ…。」
天井を見上げる。どうしよう…。そうは言っても異性と二人きりで出かけるなんて初めてだし、何着てけばいいのよ。
「ああもう!!」
全部あいつのせいよ!!こうなったら手紙に日頃の恨みを書いてやるんだから!ばっと飛び起きて机に向かう。
ガリガリガリ…う、でもあいつも良いところはあるのよね。そうよ、恨み言だけ書くのもね、私の品が落ちるというものだし…お世話になってるところはあるし…。少しね!少しだけよ!……ちょっと直そうかな…ゴシゴシゴシゴシ…直接は言えないから感謝の気持ちとか書いといた方がいいかも…カリカリカリ…いやいや!何書いてるのよ!…でも、手紙くらい素直になれたら…カリカリ…はっ、これはさすがにだめよ、絶対あいつが調子に乗るわ…ゴシゴシ……

────⋯ん?いつの間にか寝ていたみたいね。ああ!手紙がぐしゃぐしゃじゃないの!書き直さなきゃ…!新しい紙に手を伸ばしかけていや、と思い直す。これ、伊月宛てだったわ。
「あいつにはこれで充分よ!」
読み返すのもめんどくさいので適当に封筒に入れて封をする。これで手紙は大丈夫ね。問題は服よ…。玲香に相談しよう…。


「八尋さんにはやっぱり青が似合いますね。そのワンピース、とても素敵です」
「そ、そう…?じゃあこれにするわ」
玲香は私よりひとつ年下だけれど、落ち着いていて私はよく玲香に相談を聞いてもらっている。
「わざわざ家まできてもらって悪かったわね。でも…た、助かったわ…」
ああ、なんでこう素直にありがとうが言えないのよ…!
「いえいえ。お力になれたなら良かったです。」


土曜日。うう、早めに着いてしまったわ。楽しみにしてたなんて思われたらどうしよう……。
「わあ、八尋、来るの早いね!待たせたかな?」
「べ、別に…私も今きたところよ!」
「良かった!じゃあ行こうか」
そう言って伊月が向かったのは植物園だった。ちょうど薔薇が見頃らしい。私の好きな花だわ…。まさか覚えてくれてたのかしら?…そんなわけないわよね。
「…っ!わあ!綺麗…!」
「ほんとにすごいね…!」
満開の薔薇はそれだけで見応えがあった。その後も色々な植物を見て回り、普通に楽しんでしまった。
(普通に楽しんでたけど、まだ手紙が渡せてないわ…ていうか、いつ渡せばいいのよ)
手紙の存在を思い出したら頭がいっぱいになってしまった。あらためて考えたら、なんで手紙なんか書いちゃったのよ…!うう、何書いたか思い出せないわ。変なこと書いてないわよね?!そうだわ、一度確認しよう。封をしたけれど、そっと外せばバレないわよ。かばんに手を突っ込む。ごそごそ。あれ?ごそごそごそ…
(…ない!!)
さあっと血の気が引く。まさか落とした?いや、でもかばんは一度も開けてないわ。……家に、わすれた?
(そういえば…!)
あまりにくしゃくしゃだったから少しでも直そうと本の間に入れてたんだったわ…。手紙を忘れるなんて…出かけるのを楽しみにしていたって言うようなものじゃない!絶対馬鹿にされるわ……!

「どうしたの?急に黙りこくって」
「いいえ、なんでもないわ?!」
「そう?ならいいんだけど…。ねえ、そろそろ手紙、ちょうだいよ」

もうごまかせないわ…そうだわ、思いついた!

「ねえ伊月、私と勝負しましょうよ」
「え?勝負?」
「そうよ。あんたが勝ったら手紙を渡す。前回の勝負は手紙を書くまでしか言ってなかったでしょう?」
「そう来るか…。いいよ、前回の仕返しってわけだ。それで、どんな勝負?」
「簡単よ。私は手紙を隠した。見つけられたら、あんたの勝ちよ」
「なるほどね」

手紙は絶対に見つけられないわ。家にあるんだもの…。

「ねえ、探す範囲相当広いしさ、見つけるの大変だと思うんだよね。だから僕が手紙を見つけたらなにかご褒美が欲しいなあ」
「…そうね。もし見つけられたら何でもひとつだけ言うことをきいてあげるわ」

そんなことは万が一にも無理でしょうけどね。
ほら、お手上げでしょう?
……絶対に私が勝てる勝負なのに、なんだか楽しくないわ。…手紙、せっかく書いたのにな…いやいや!手紙が渡せないのなんてどうでもいいのよ!ただ…これは伊月に対して誠実とは言えないから…やっぱり謝らなきゃ。決心して伊月の方をみる。肩が震えている。まさか、泣いてる…?
いや、これは……

「ふ、ふふ…」
「な、なに笑ってんのよ。頭おかしくなっちゃったの?」
「いやあ、手紙を見つけたら僕の勝ち、なんだよね?」
「そうだけど…。絶対に無理よ、あなたには」

妙な笑みを浮かべながら伊月はポケットに手を突っ込んだ。まって…なんだか嫌な予感がするのだけど……。

「隠された手紙はこれ、かな?」
「どうしてそれを…!」

伊月の手には私が家に忘れたはずの手紙が握られていた。

「僕の勝ちだねえ─何をきいてもらおっかな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!おかしいわ、なんであんたがそれを持ってるのよ?!」
「見つけたんだよ?───と言いたいとこだけど、実はね…」

伊月が言うには、私が家を出たあと、玲香がうちに来たらしい。私が貸していた本を返しにきたついでに今日の様子を見に来てくれたようだ。私は集合時間よりもだいぶ早めに出ていて家にはいなかったので、玲香は本を返して帰ろうとした。そこで本棚からはみ出ている手紙を見つけた。伊月の名前が書いてあったのでどこにいるかわからない私ではなく、伊月に届けたということだった。

「…ずるいわよ」
「君がそれを言うの?」
「くっ…勝負は、勝負よ。何をして欲しいのよ、言ってみなさい」
「負けた側のくせして偉そうだなあ。まあいいか。今日一日君の色んな顔が見れたから。手紙がないって気づいた時なんか最高だったよ!」
「な、ほんと嫌なやつ!!」
「そうやってころころ変わる表情が見てて飽きないんだよなあ」
「ばかにしてるのね!」
「いやいや、君のそういうところに惹かれたって話だよ」
「は…は?」
「君のことが好きみたいだ、八尋。八尋の気持ちも聞かせて。これがお願い」
「わ、私なんかのどこがいいのよ、あんたって趣味悪いわ」
「そうだなあ。キツイ口調なくせに言ったあと言いすぎたって反省してしょんぼりしてるとことか、褒められ慣れてなくてすぐ赤くなるとことか可愛いなって見てたし。負けて悔しくてもちゃんと約束は守るとことか、なんだかんだ文句いいながらも僕に付き合ってくれるとことか好きだなあってずっと思ってたよ」
「…っ!」
「ね、ほら次は八尋の言葉が聞きたい」
「……わかって言ってるでしょ…!」
「なんのことかな?」

とぼけた顔してんじゃないわよ…!

「…本当に嫌いなやつに手紙なんか書かないわよ!一緒に出かけたりなんかしないわよ!私が好きなら、わかるでしょ…!!」

ああ、顔が熱い…。伊月の方を見てられないわ。

「君って文字だと素直なのにねえ…ほら、''本当は好きなのに素直になれなくてやだ…''って」
「何勝手に読んでるのよ!」

手紙の端にかいてたやつ、消してなかった…?!

「ふふ、僕たち両思いじゃん。次は本当のデートができるね」
「それはどうかしらね」
「んん?次は本音隠してきたのかな?僕が見つけてあげようか?」

この男は……。

「うるさいわよ!!!」

2/3/2025, 9:44:10 AM