まだ知らない世界
ウィーンと開いたドアに、いざと覚悟を決め1歩踏み込む。その先に広がる世界にアイサはたまらず声を上げた。
「──⋯っ!!広ぉ!!」
集まっていた数百人のうち何人かがこちらをちわりと見てきた。あんぐりと空いた口をはっとふさぎ、気を引き締める。待っていたかのようにタイミングよく放送が鳴る。知らない男の声がホールに響いた。
『勇敢なる者たちよ。今からきみたちにはこのショッピングモールで'あるもの'を探してもらう。期限は誰かがそれを購入するまで。購入者には…今更何を得られるかなど説明するまでもないな。では、健闘を祈る』
(けっ。なーにがショッピングモールだって?こりゃジャングルのが近いだろーが)
アイサは心の中で悪態をついた。特別なショッピングモール─ここでは商品は綺麗に陳列されてなどいない。動き回っているのだ。通路などあってないようなもの、看板ですらデタラメで言語になっていないものもある。また、1度入ってしまえば何かを買わねば出られない。しかもそれは指定制であり、現在その権限を持っているのがあの放送していた男のようなのである。指定された商品はいくつあるかわからない。つまり何人が外に出られるかなどわからないのだ。1度入れば出られない…そんな危険をおかしてまで年若いアイサがこのショッピングモールに挑む理由は、妹の存在であった。
アイサの妹、シイラは去年の今頃このショッピングモールに挑んだ。そして購入者になれず、このショッピングモールに閉じ込められてしまったのだ。シイラがなぜこのショッピングモールにきたのか、アイサは何も知らない。しかしただ1人の妹シイラを助けたい一心でここまで来た。購入者にはいくつか特典がある。そのうちのひとつ、ショッピングモールからなんでもひとつ持って出てよいという特典にアイサは飛びついたのだった。ショッピングモールでの買い物はいつでもできるわけではない。今回を逃せばシイラを助けるのがまた遅くなってしまう。アイサには絶対に負けられない理由があった。
(シイラ、絶対に姉ちゃんが助けるからな…!)
シイラがまだ生きている保証など無いが、単細胞なアイサの頭の中にはシイラが既に死んでいる可能性など1ミリも存在していなかった。
ついに始まったショッピングモールでの買い物。妨害行為などは特に禁止されていないが、ショッピングモール内を故意に汚すことは御法度である。逆に言えば血などが出なければいいのだから、ライバルを減らそうとする者も少なくない。若い女性であるアイサは真っ先にターゲットにされた。しかしアイサには恐れる様子もない。それもそのはず。アイサにとってこの程度のモブは障害にすらならない。アイサの''味方''の力の前では。
味方の力──アイサにはある特別な力がある。それは、手のひらを見せた相手が自分の味方になる力である。アイサは知らないようだが、アイサは桃太郎の加護を受けていた。この力は自分と向き合ったものすべてに効果がある。
「襲いかかったりしてすいません」
「心入れ替えてアイサさんの力になりやすぜ」
「お供させてくだせぇ」
アイサに襲いかかった者たちはこの通り味方の力に抗えず、アイサのもとについた。
「いいよ、アタシは味方は大切にする主義だからね」
その様子を影で見ていた者たちがいた。敵か味方か…。アイサの買い物は始まったばかりである。
光輝け、暗闇で
どぉおおん。大きな爆発音は止むことなく鳴り響いていた。火薬と、血の匂い。逃げ惑う人々。足を止めていてはこの儚い命はすぐにでも散ってしまうだろう。あちこちで聞こえる悲鳴や泣き声は、ルジェの心をひどくえぐった。それでも走り続けなければいけない。少し先では見知ったおばさんがこっちだと手をあげていた。
(もう少し…もう少し…)
はぁ、はぁと息を上げながら全力で走る。おばさんの元に倒れ込むようにしてたどり着いた。周りには憔悴しきった人達。きっと自分も同じ顔をしているのだろう、とルジェは思った。
(父さん、母さん…会いたいよ…)
───事の発端は、隣国の策略だった。
貿易の仲介をしているこの国をよく思っていなかった隣国の王は、スパイを潜り込ませ、ある国との貿易があるから仲介して欲しいと嘘をつき、貿易品の中に時限式爆弾を仕掛けた。仲介するために1度この国に運び込まれた貿易品は、策略通りこの国にある間に爆発し、待っていたかのように隣国は貿易品を破壊した責任を取れと無理難題を押し付けてきた挙句、そのまま攻め込んできたのである。それがわずか2ヶ月前の話であった。そしてその攻撃は、ルジェたちの住む街まで届いていた。それまで平凡に生きてきたルジェは、目の前に広がる地獄のような状況に突然立ち向かわなければいけなくなったのだ。
ルジェは13になったばかりの少女だった。自由奔放に育てられ、良い友人にも恵まれており、幸せに暮らしていた。そしてその幸せは続いていく、はずだった。優しく明るい父が兵士として徴兵されていき、厳しくも愛情込めて育ててくれた母が看護師として兵士の治療に向かっていくこともなければ…。友人たちは遠くへ避難し、どこにいるか、生きているのかさえわからない。ルジェは人生で初めて孤独を感じ、暗闇の中に取り残された気持ちでいた。
『すぐに帰ってくるよ。2人とも愛している。だから生きて待っていてくれよ』
『助けられる命があるから、行かなくちゃならないわ。でも母さんはずっとあなたの事を愛しているからね。どんなに辛くとも心を強く持っていて』
『ルジェ、私たちの友情は永遠よ。絶対にいつかまた会おう』
眠る度に夢に見るのは、別れの際に両親と友と交わした会話の場面だった。ルジェは何度も胸の中で言葉を反芻し、自分を鼓舞していた。
(絶対に、生きてやる。私の心はまだ折れちゃいないわ)
それでも何度も続く攻撃。血なまぐさい周囲。泣き叫ぶ人々。だんだんとルジェの心はすり減っていった。
(疲れた…もういや…楽になりたい………。だめ、強く心を持たないと…!絶対に、生きて会うんだ…!ぜったいに………)
はっと目を開けると誰かが自分の顔を覗き込んでいるのが分かった。ルジェと同い年くらいの少女だった。
「あんた、死んだかと思った」
「い、生きてる…」
「そうみたいね」
その少女はユシャといった。ユシャの両親は先日の攻撃で亡くなっており、ユシャはひとりでこの避難所まで来たのだという。
「ふーん。じゃあんたも1人なわけか」
「そうだけど…ねぇ、あんたって呼ぶのやめない?私ルジェって名前あるんだからさ」
「こんな状況で気にするのそこ?…ルジェは変わってるね」
「それ、友達にも言われたことある……ごめん、ちょっと…」
じわりと視界が歪み、咄嗟に顔を隠す。もう会えないかもしれない友達。心が弱りきっていたルジェは流れる涙を止めることができなかった。傍らでユシャはルジェが泣き止むまでずっと背中をさすってくれていた。
「…ありがとう…ユシャは強いな。私ももっと強くいなきゃいけないのに、情けない…」
「…別に、強くなくていいと思うけど。私だって強いわけじゃない。耐えてるだけ。弱いままでいたくないから。私の弱さは、誰かを傷つけるかもしれない。強くなくても、弱くない。それが大切なんだよ」
ユシャの言葉は染み込むようにルジェの中に残った。
(強くなくても、弱くない…。)
自分はどうありたいか、ルジェはその夜考えながら眠りについた。
(あれ、父さん、母さん…?)
ルジェの父と母が笑いかけている。咄嗟に駆け出そうとして、ぐっとなにかに手を掴まれた。
(誰?暗くて見えないわ…)
「そっちは違う」
(それって…どういう…)
場面が切り替わる。爆発音、悲鳴、真っ暗な空が赤く燃え上がっていく。
(そうだ…これは夢だわ。でも、起きれば現実に…。現実に戻ってしまえば、私は…暗闇にひとりぼっち…。)
「そんなことない。私もいる。あなたの両親だってあなたをひとりぼっちにはしないよ。」
(ユシャ…!手を掴んでいたのはあなただったの…)
「両親は暗闇のなかで1人で生きていってほしいわけじゃなかったはず。あなたには、暗闇でもその命を輝かせていて欲しいと思っているはずだよ。」
(そうだ…そうだよ。私はまだ生きている。私が生きることがきっと両親の希望の光になる…!)
目の前がぶわっと白くなった。そしてそのまま…重たい瞼を開けた。
───がんばるんだ、私。暗闇に負けないように…!両親に生きて会うんだ、もう一度。私、負けないわ。この命輝かせてみせる。どうありたいかなんてそれが全てだった。今は、ただそれだけよ……!
自分の中で強く決意したルジェの瞳には光が宿っていた。
酸素
吸って、吐いて。
普段なら何も考えなくてもできることが、出来なくなる。
こんなにも怖いのね、相手に向き合うことって。
でも、やらなきゃ。決めたんだ、もう逃げないって。
逃げるために走って、苦しくて吸ってしまった酸素は思いっきり吐き出してやる。目の前にいる相手はどんな顔するかな。───吐き出してしまおう、何もかも。真っさらな自分で再スタートを切るために。
未来への船
帰ってくるからね、私のふるさと。
パァーと音を響かせながら感傷に浸る私を乗せて船は進む。
「いよいよね…」
坂井もも、18歳。一人旅に出ます。と言っても、生まれ育った小さな島から大学進学を機に都会の方へ行くってだけだけど。
「それでも私にとっては大冒険だわ!」
おっと。手を口に当てて周りを見る。風が強いせいか甲板に出てる人は少ない。独り言を呟くのは昔からのくせ。頭で考えてるのにいつのまにか声に出ちゃってるのよね。聞かれてなくて良かった。別に聞かれても困ることはないのだけれど…
「まだあの事を…私は引きずってるのね──」
5年前、私が中学生だった時。
私にはクラスに親友と呼べるほど仲の良い子がいた。毎日一緒に帰っていて、その日もその子を昇降口で待っていたけれど、なかなか来ないので心配になり教室に戻った。教室からはその子と別のグループの女の子たちが集まって話してるみたいで声が聞こえてきた。
「─⋯でさぁ、そう思わない?あんたも」
「……そうね」
「だよね〜。なんか急に話し出してさあ、ウケる!よく仲良くしてられるよね、まじすごいよ」
「……あたし、もう帰るわ」
「はぁ?なんかノリ悪…」
加筆予定
静かな情熱
───見つけた…見つけたわ……!!
私が熱くなれる場所。私の居場所。
「さすがねぇ。将来有望だわ」
記憶の中にいる人たちは、全員私のことを讃える言葉しか吐かなかった。なんてつまらないこと。この人たちには「私」という人間が見えていない。かといって私の持つ「才能」を見ているわけでもない。私の出した「結果」しか見ていないのだわ。賞状、トロフィー、メダル。これらはいつだって私の努力を肯定してくれた。私に自信をくれたわ。…でも、気づいてしまった。これらは単なる結果しか映してくれない。周りには、表面上の価値しか伝わらない。どうしたらいいの…いつだって誰も私の側にいてくれない。
誰か、私を見て……!
演劇は私に燃えるような情熱を与えてくれた。私の情熱の炎が燃え上がるのと比例するように、周りとの差は開いていった。周りに私と競い合えるような子はいなかった。それでも自己研鑽を怠ることはなかったわ。いつか人は私を見てくれるはずよ。そう信じて今まで突き進んできたわ。だって……
誰が理解してくれる?私の中に秘めたこの情熱を。
誰が私の隣にいてくれる?人々が天才だと讃える私の隣に。
いいわ…私は負けない。競い合う相手なんていなくたっていい。何かに挑戦する時はいつも一人。私は前の自分よりも輝けたらそれでいいの。
そう思っていたはずなのに…あの子に会った瞬間わかったわ。あの子は必ず私の隣にくる。…いいえ、むしろ私を追い越す可能性を秘めている。ああ、なんてこと…。ようやく出会えた最大の敵は、私の最大の理解者でもある…。
「まってるわ」
この場所で、貴女をまってるわ。初めてかもしれない。こんなふうに心が熱くなるのは…。ああ、もっと燃えて…!私の中の情熱の炎。静かに、激しくこの身を包み込む炎。まだまだこんなものじゃないはず…!私をもっと高みへ連れていって………!あの子が届かないほどに……!
神様…私にあの子という試練を与えたこと、後悔するがいいわ。ぜったいに負けないわ、あの子には……!