NoName

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10/29/2025, 4:27:04 PM

tiny love


ざっざっ…誰もが振り向くような美少女は、白く絹のような肌を引っかき傷でぼろぼろにし、そんな体とは反対にスッキリとした顔をしていた。

(痛いわね)
ふっと思い出してつい笑い声が漏れた。生まれて初めて、他人と喧嘩をした。情けなくて、みっともなくて、とても見られたものじゃなかったけれど、不思議と嫌な気持ちは残っていない…。むしろほのかな高揚感と達成感のようなものに包まれ意外と心地よい。自分の中の負の感情を、あんなにも人にぶつけられるなんて。初めて自分が信じられなかった…。

数時間前──⋯
『そんな、私の方こそいつもだめだめで…』
この子はまたこんなふうに自分を卑下する…!どうしてわからないの、こんなにも才に溢れているというのに!
「よしてちょうだい!」
私は貴女のそういうところが……!
バシッ!
頬を叩かれたあの子の目は見開かれたまま。そのまま、ここから去ってちょうだい…。私の醜い劣等感が出てきてしまう前に………!
だけどそんな私の願いなどおかまいなしに、あの子は予想外に動いた。
ひゅっという音がしたかと思うと──バシッ!
あの子は、私の頬を叩き返した…!
「なにするのよ!」
『先にやったのはそっちじゃない!』
そこからはもう止められなかった。お互いにお互いを罵りながら叩いて、殴って、髪を引っ張りあって…もし別の誰かが見ていたら、正気を疑われたでしょうね。息も切れてきて、頭が冷えてきたころにあの子が言ったの。
『あなたがそんな人だったなんて』
あの感情をどう表したらいいかわからない。勝手に理想押しつけないでと腹が立った気もするし、なんだか悲しかった気もする。でも、それ以上に続けた言葉が胸に残った。
『あなたの本性を知ってるのは私だけでしょ』
にやっと笑った顔が悪人のようで、私は共犯者になったみたいにふっと返してみせた。
顔を見合せて、同時に吹き出した。
ああ、喧嘩ってこうするのね。
本心を吐き出したら、負けたくないと焦っていた気持ちはどこかへ行ってしまったようだ。
私とこの子は違うと…敵同士であるように思っていた。けれど、違った。私たちは確かに違うけれど、敵ではなく好敵手同士なんだわ。この時、気づいた。私の心の99%はこの子への闘争心かもしれない。けれど1%くらいは……きっと、愛と呼べるもの。
(私の1番近くにいるのは…貴女よ。そして──貴女の1番近くにいるのも、私よ)
馴れ合ったりなんか、しないわ。私は私の、あの子はあの子の道を行く。

家へ戻る帰り道。痛む傷はふたりだけの秘密。

10/27/2025, 2:53:49 PM

消えない焔


「いい加減やめたら?」
何度言われたことだろうか。やめられるならとっくにやめている。
「女の幸せ捨ててんじゃん」
なんだそれ。女の幸せって、誰が決めたの?私は、私は今幸せだ…しあわせ……そう思いたいだけかもしれない。だけど、自分で望んでこの場にいるんだから。自分がやりたいと思ったことを続けているんだから。
『いい加減やめたら?』
やめない。だってまだ、私の中で情熱が燻っている。焦りも不安も…孤独も、全て燃料にしてしまえ。
燃えろ。燃えろ。
消えてしまったら、私が無くなる気がするから────誰かが言う。
焦げついた跡に執着してるだけだろうと。もう、消えている、と。
幻想と心中したっていい。むしろそうなら、この身を動かす熱はもう消えないじゃないか。

5/18/2025, 5:38:20 AM

まだ知らない世界

ウィーンと開いたドアに、いざと覚悟を決め1歩踏み込む。その先に広がる世界にアイサはたまらず声を上げた。
「──⋯っ!!広ぉ!!」
集まっていた数百人のうち何人かがこちらをちわりと見てきた。あんぐりと空いた口をはっとふさぎ、気を引き締める。待っていたかのようにタイミングよく放送が鳴る。知らない男の声がホールに響いた。

『勇敢なる者たちよ。今からきみたちにはこのショッピングモールで'あるもの'を探してもらう。期限は誰かがそれを購入するまで。購入者には…今更何を得られるかなど説明するまでもないな。では、健闘を祈る』

(けっ。なーにがショッピングモールだって?こりゃジャングルのが近いだろーが)
アイサは心の中で悪態をついた。特別なショッピングモール─ここでは商品は綺麗に陳列されてなどいない。動き回っているのだ。通路などあってないようなもの、看板ですらデタラメで言語になっていないものもある。また、1度入ってしまえば何かを買わねば出られない。しかもそれは指定制であり、現在その権限を持っているのがあの放送していた男のようなのである。指定された商品はいくつあるかわからない。つまり何人が外に出られるかなどわからないのだ。1度入れば出られない…そんな危険をおかしてまで年若いアイサがこのショッピングモールに挑む理由は、妹の存在であった。

アイサの妹、シイラは去年の今頃このショッピングモールに挑んだ。そして購入者になれず、このショッピングモールに閉じ込められてしまったのだ。シイラがなぜこのショッピングモールにきたのか、アイサは何も知らない。しかしただ1人の妹シイラを助けたい一心でここまで来た。購入者にはいくつか特典がある。そのうちのひとつ、ショッピングモールからなんでもひとつ持って出てよいという特典にアイサは飛びついたのだった。ショッピングモールでの買い物はいつでもできるわけではない。今回を逃せばシイラを助けるのがまた遅くなってしまう。アイサには絶対に負けられない理由があった。
(シイラ、絶対に姉ちゃんが助けるからな…!)
シイラがまだ生きている保証など無いが、単細胞なアイサの頭の中にはシイラが既に死んでいる可能性など1ミリも存在していなかった。

ついに始まったショッピングモールでの買い物。妨害行為などは特に禁止されていないが、ショッピングモール内を故意に汚すことは御法度である。逆に言えば血などが出なければいいのだから、ライバルを減らそうとする者も少なくない。若い女性であるアイサは真っ先にターゲットにされた。しかしアイサには恐れる様子もない。それもそのはず。アイサにとってこの程度のモブは障害にすらならない。アイサの''味方''の力の前では。

味方の力──アイサにはある特別な力がある。それは、手のひらを見せた相手が自分の味方になる力である。アイサは知らないようだが、アイサは桃太郎の加護を受けていた。この力は自分と向き合ったものすべてに効果がある。

「襲いかかったりしてすいません」
「心入れ替えてアイサさんの力になりやすぜ」
「お供させてくだせぇ」
アイサに襲いかかった者たちはこの通り味方の力に抗えず、アイサのもとについた。
「いいよ、アタシは味方は大切にする主義だからね」
その様子を影で見ていた者たちがいた。敵か味方か…。アイサの買い物は始まったばかりである。

5/15/2025, 12:45:33 PM

光輝け、暗闇で


どぉおおん。大きな爆発音は止むことなく鳴り響いていた。火薬と、血の匂い。逃げ惑う人々。足を止めていてはこの儚い命はすぐにでも散ってしまうだろう。あちこちで聞こえる悲鳴や泣き声は、ルジェの心をひどくえぐった。それでも走り続けなければいけない。少し先では見知ったおばさんがこっちだと手をあげていた。
(もう少し…もう少し…)
はぁ、はぁと息を上げながら全力で走る。おばさんの元に倒れ込むようにしてたどり着いた。周りには憔悴しきった人達。きっと自分も同じ顔をしているのだろう、とルジェは思った。
(父さん、母さん…会いたいよ…)

───事の発端は、隣国の策略だった。
貿易の仲介をしているこの国をよく思っていなかった隣国の王は、スパイを潜り込ませ、ある国との貿易があるから仲介して欲しいと嘘をつき、貿易品の中に時限式爆弾を仕掛けた。仲介するために1度この国に運び込まれた貿易品は、策略通りこの国にある間に爆発し、待っていたかのように隣国は貿易品を破壊した責任を取れと無理難題を押し付けてきた挙句、そのまま攻め込んできたのである。それがわずか2ヶ月前の話であった。そしてその攻撃は、ルジェたちの住む街まで届いていた。それまで平凡に生きてきたルジェは、目の前に広がる地獄のような状況に突然立ち向かわなければいけなくなったのだ。

ルジェは13になったばかりの少女だった。自由奔放に育てられ、良い友人にも恵まれており、幸せに暮らしていた。そしてその幸せは続いていく、はずだった。優しく明るい父が兵士として徴兵されていき、厳しくも愛情込めて育ててくれた母が看護師として兵士の治療に向かっていくこともなければ…。友人たちは遠くへ避難し、どこにいるか、生きているのかさえわからない。ルジェは人生で初めて孤独を感じ、暗闇の中に取り残された気持ちでいた。
『すぐに帰ってくるよ。2人とも愛している。だから生きて待っていてくれよ』
『助けられる命があるから、行かなくちゃならないわ。でも母さんはずっとあなたの事を愛しているからね。どんなに辛くとも心を強く持っていて』
『ルジェ、私たちの友情は永遠よ。絶対にいつかまた会おう』
眠る度に夢に見るのは、別れの際に両親と友と交わした会話の場面だった。ルジェは何度も胸の中で言葉を反芻し、自分を鼓舞していた。
(絶対に、生きてやる。私の心はまだ折れちゃいないわ)

それでも何度も続く攻撃。血なまぐさい周囲。泣き叫ぶ人々。だんだんとルジェの心はすり減っていった。
(疲れた…もういや…楽になりたい………。だめ、強く心を持たないと…!絶対に、生きて会うんだ…!ぜったいに………)
はっと目を開けると誰かが自分の顔を覗き込んでいるのが分かった。ルジェと同い年くらいの少女だった。
「あんた、死んだかと思った」
「い、生きてる…」
「そうみたいね」
その少女はユシャといった。ユシャの両親は先日の攻撃で亡くなっており、ユシャはひとりでこの避難所まで来たのだという。
「ふーん。じゃあんたも1人なわけか」
「そうだけど…ねぇ、あんたって呼ぶのやめない?私ルジェって名前あるんだからさ」
「こんな状況で気にするのそこ?…ルジェは変わってるね」
「それ、友達にも言われたことある……ごめん、ちょっと…」
じわりと視界が歪み、咄嗟に顔を隠す。もう会えないかもしれない友達。心が弱りきっていたルジェは流れる涙を止めることができなかった。傍らでユシャはルジェが泣き止むまでずっと背中をさすってくれていた。
「…ありがとう…ユシャは強いな。私ももっと強くいなきゃいけないのに、情けない…」
「…別に、強くなくていいと思うけど。私だって強いわけじゃない。耐えてるだけ。弱いままでいたくないから。私の弱さは、誰かを傷つけるかもしれない。強くなくても、弱くない。それが大切なんだよ」
ユシャの言葉は染み込むようにルジェの中に残った。
(強くなくても、弱くない…。)
自分はどうありたいか、ルジェはその夜考えながら眠りについた。

(あれ、父さん、母さん…?)
ルジェの父と母が笑いかけている。咄嗟に駆け出そうとして、ぐっとなにかに手を掴まれた。
(誰?暗くて見えないわ…)
「そっちは違う」
(それって…どういう…)
場面が切り替わる。爆発音、悲鳴、真っ暗な空が赤く燃え上がっていく。
(そうだ…これは夢だわ。でも、起きれば現実に…。現実に戻ってしまえば、私は…暗闇にひとりぼっち…。)
「そんなことない。私もいる。あなたの両親だってあなたをひとりぼっちにはしないよ。」
(ユシャ…!手を掴んでいたのはあなただったの…)
「両親は暗闇のなかで1人で生きていってほしいわけじゃなかったはず。あなたには、暗闇でもその命を輝かせていて欲しいと思っているはずだよ。」
(そうだ…そうだよ。私はまだ生きている。私が生きることがきっと両親の希望の光になる…!)
目の前がぶわっと白くなった。そしてそのまま…重たい瞼を開けた。
───がんばるんだ、私。暗闇に負けないように…!両親に生きて会うんだ、もう一度。私、負けないわ。この命輝かせてみせる。どうありたいかなんてそれが全てだった。今は、ただそれだけよ……!
自分の中で強く決意したルジェの瞳には光が宿っていた。

5/15/2025, 9:57:47 AM

酸素


吸って、吐いて。
普段なら何も考えなくてもできることが、出来なくなる。
こんなにも怖いのね、相手に向き合うことって。
でも、やらなきゃ。決めたんだ、もう逃げないって。
逃げるために走って、苦しくて吸ってしまった酸素は思いっきり吐き出してやる。目の前にいる相手はどんな顔するかな。───吐き出してしまおう、何もかも。真っさらな自分で再スタートを切るために。

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