光輝け、暗闇で
どぉおおん。大きな爆発音は止むことなく鳴り響いていた。火薬と、血の匂い。逃げ惑う人々。足を止めていてはこの儚い命はすぐにでも散ってしまうだろう。あちこちで聞こえる悲鳴や泣き声は、ルジェの心をひどくえぐった。それでも走り続けなければいけない。少し先では見知ったおばさんがこっちだと手をあげていた。
(もう少し…もう少し…)
はぁ、はぁと息を上げながら全力で走る。おばさんの元に倒れ込むようにしてたどり着いた。周りには憔悴しきった人達。きっと自分も同じ顔をしているのだろう、とルジェは思った。
(父さん、母さん…会いたいよ…)
───事の発端は、隣国の策略だった。
貿易の仲介をしているこの国をよく思っていなかった隣国の王は、スパイを潜り込ませ、ある国との貿易があるから仲介して欲しいと嘘をつき、貿易品の中に時限式爆弾を仕掛けた。仲介するために1度この国に運び込まれた貿易品は、策略通りこの国にある間に爆発し、待っていたかのように隣国は貿易品を破壊した責任を取れと無理難題を押し付けてきた挙句、そのまま攻め込んできたのである。それがわずか2ヶ月前の話であった。そしてその攻撃は、ルジェたちの住む街まで届いていた。それまで平凡に生きてきたルジェは、目の前に広がる地獄のような状況に突然立ち向かわなければいけなくなったのだ。
ルジェは13になったばかりの少女だった。自由奔放に育てられ、良い友人にも恵まれており、幸せに暮らしていた。そしてその幸せは続いていく、はずだった。優しく明るい父が兵士として徴兵されていき、厳しくも愛情込めて育ててくれた母が看護師として兵士の治療に向かっていくこともなければ…。友人たちは遠くへ避難し、どこにいるか、生きているのかさえわからない。ルジェは人生で初めて孤独を感じ、暗闇の中に取り残された気持ちでいた。
『すぐに帰ってくるよ。2人とも愛している。だから生きて待っていてくれよ』
『助けられる命があるから、行かなくちゃならないわ。でも母さんはずっとあなたの事を愛しているからね。どんなに辛くとも心を強く持っていて』
『ルジェ、私たちの友情は永遠よ。絶対にいつかまた会おう』
眠る度に夢に見るのは、別れの際に両親と友と交わした会話の場面だった。ルジェは何度も胸の中で言葉を反芻し、自分を鼓舞していた。
(絶対に、生きてやる。私の心はまだ折れちゃいないわ)
それでも何度も続く攻撃。血なまぐさい周囲。泣き叫ぶ人々。だんだんとルジェの心はすり減っていった。
(疲れた…もういや…楽になりたい………。だめ、強く心を持たないと…!絶対に、生きて会うんだ…!ぜったいに………)
はっと目を開けると誰かが自分の顔を覗き込んでいるのが分かった。ルジェと同い年くらいの少女だった。
「あんた、死んだかと思った」
「い、生きてる…」
「そうみたいね」
その少女はユシャといった。ユシャの両親は先日の攻撃で亡くなっており、ユシャはひとりでこの避難所まで来たのだという。
「ふーん。じゃあんたも1人なわけか」
「そうだけど…ねぇ、あんたって呼ぶのやめない?私ルジェって名前あるんだからさ」
「こんな状況で気にするのそこ?…ルジェは変わってるね」
「それ、友達にも言われたことある……ごめん、ちょっと…」
じわりと視界が歪み、咄嗟に顔を隠す。もう会えないかもしれない友達。心が弱りきっていたルジェは流れる涙を止めることができなかった。傍らでユシャはルジェが泣き止むまでずっと背中をさすってくれていた。
「…ありがとう…ユシャは強いな。私ももっと強くいなきゃいけないのに、情けない…」
「…別に、強くなくていいと思うけど。私だって強いわけじゃない。耐えてるだけ。弱いままでいたくないから。私の弱さは、誰かを傷つけるかもしれない。強くなくても、弱くない。それが大切なんだよ」
ユシャの言葉は染み込むようにルジェの中に残った。
(強くなくても、弱くない…。)
自分はどうありたいか、ルジェはその夜考えながら眠りについた。
(あれ、父さん、母さん…?)
ルジェの父と母が笑いかけている。咄嗟に駆け出そうとして、ぐっとなにかに手を掴まれた。
(誰?暗くて見えないわ…)
「そっちは違う」
(それって…どういう…)
場面が切り替わる。爆発音、悲鳴、真っ暗な空が赤く燃え上がっていく。
(そうだ…これは夢だわ。でも、起きれば現実に…。現実に戻ってしまえば、私は…暗闇にひとりぼっち…。)
「そんなことない。私もいる。あなたの両親だってあなたをひとりぼっちにはしないよ。」
(ユシャ…!手を掴んでいたのはあなただったの…)
「両親は暗闇のなかで1人で生きていってほしいわけじゃなかったはず。あなたには、暗闇でもその命を輝かせていて欲しいと思っているはずだよ。」
(そうだ…そうだよ。私はまだ生きている。私が生きることがきっと両親の希望の光になる…!)
目の前がぶわっと白くなった。そしてそのまま…重たい瞼を開けた。
───がんばるんだ、私。暗闇に負けないように…!両親に生きて会うんだ、もう一度。私、負けないわ。この命輝かせてみせる。どうありたいかなんてそれが全てだった。今は、ただそれだけよ……!
自分の中で強く決意したルジェの瞳には光が宿っていた。
5/15/2025, 12:45:33 PM