「同情」
可哀想に。あの子生まれつき目が見えないんですって。ヒソヒソと聞こえる言われ慣れた言葉。
''可哀想に''
人間はどんな時にそんな言葉を口にするのだろうか。僕にとって目が見えないのはごく当たり前のことで確かに話を聞いている限り見てみたいと思うこともある。でも見るということ自体がよくわかっていない僕にはその同情というものはとても腹立たしいものだ。むしろそんなことを言っているやつの面を拝めないのが残念なくらいだ。
目の前にはどんな景色が拡がっているの?色って何?空って?海って?気になることは沢山ある。耳で得た知識だけならたくさんのことを話せる。でも実際に見て見ないと想像ならできるけどなんの面白みもない。答えのないものばかり。見えるようになったらこうしてみたい。どこに行ってみたい。そんな夢ばかりが増える。現実はそんなに甘くはないというのに。
じゃあ僕が見たい世界というものを教えてくれる人は誰?どんな子なの?同じ病院に入院している女の子。彼女は白血病という難病?というものにかかっているんだとか。面白い話を沢山してくれるけどその姿を見ることは出来ない。もし目が見えるようになったら1番に彼女の顔を見たい。それが今の1番の願い。
毎日毎日、なんのかわりもない。ただ彼女の話を楽しみに過ごすだけの日々。明るくなったり暗くなったりしている認識はあるから朝と夜の区別はつくが季節?というものや天気?というものは何も分からない。それでも「今日は晴れてるね」とか「今日は雨が降ってるよとか」どんなことでも楽しそうに話している彼女は気になる存在だった。
ある日いつものやうに彼女が来るのを待っていたがいつもよりも院内が騒がしく看護師さんたちの走り回る音だけが耳に入ってくる。その日彼女は来なかった。次の日も、その次の日も。
5日ほど経ってから先生と両親が泣きながら僕に教えてくれた。ドナー提供をしてくれる人が見つかったと。その言葉を聞いた瞬間僕はようやく彼女の顔を見ることができると喜び顔から水が流れ落ちるのを感じた。
手術まではそう長くなかった。ドナー提供してくれた子は僕と同じくらいの歳の子だとだけ知らされた。確かに他の人の目を貰うということはその子の体の一部なのだからその分の責任はとても重いものだと自覚していたが何よりもその子の分までしっかり生きて色んなものを見なくちゃいけないと言え使命感に駆られた。
手術は無事成功し暫くは経過観察で部屋から出ることは出来なかったけど初めて見ることのできた両親の顔、自分の顔、色。どんなものを見ても感動そのものだった。2、3日経って暫くは入院だが自由に出歩いて良いと言われたのであの子に会いに行くことにした。いつも言っていた2階端の部屋。最近会えなくて僕の目が見えるようになったことは知らないはずだから会いに行ったら驚くだろうと胸を躍らせながら部屋の前に立つ。一つ大きな深呼吸。コンコンとドアを叩く。返事は無い。寝てるのかと思いそっと開けてみるとそこには誰もいなかった。何もなかった。
彼女はどこへ行った?難病って言ってたから退院できないって。じゃあなんでここにいないの?部屋移動した?頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えれなくなってその場にしゃがみこんだ。看護師さんに僕どうしたの?と声をかけられ顔を上げると、何か知っているような顔で''可哀想''にと言われた。
(続?)
あんたそのキーホルダーまだ持ってたの?いい加減捨てなさいよ。
母のその言葉を毎年聞いている気がする。母にとってはどうでもいいものなのかもしれないが私にとってはとても大切なお気に入りのキーホルダーなのだ。
何の変哲もないただのアザラシのキーホルダー。だがアザラシのキーホルダーをつけている人には早々で合わない。その点で言うと少し変わっているのかもしれない。なぜアザラシなのか私にも良くわからない。その当時は可愛いから何でも良かったんだろうけど。
キーホルダーをくれたのは隣の家に住んでいた薫。高校までは一緒だったけど卒業してから上京して会えなくなってしまった。薫の両親はそのまま残り家にいるからたまに近所で顔を合わせるが正月など薫が戻ってきている姿はここ数年1度も見ていない。向こうで可愛い彼女作ってるのかもしれないし、もしかしたら結婚してる可能性もある。
卒業してから10年も経てば何が起きてるか予測できないものだ。私も実際この歳になって実家に戻ってくるとは思っていなかったことだし。
毎年雪が降り出すこの時期になると小学3年生だった頃を思い出す。父が出張先で事故にあった。幸い命に別状はなかったものの暫く入院しなくてはいけない程の重症だった。当時の私は家族が大好きで父の状態を聞きショックで寝込んでしまった。
そんな時私に元気が出るようにと毎日声をかけに来てくれていたのが薫だった。小さい頃からずっと一緒で、家族ぐるみで仲が良く性別は違えど気が合うとても大切な幼馴染。父の話を聞いた薫は私が泣き止むまで隣にいてくれた。なかなか泣き止まないものだから薫が大切そうに持っていたキーホルダーをくれたのだ。
「あげる。だから泣かないで」
「なんっで……大切な…ものでしょ?」
「大切だからあげるの」
少しぶっきらぼうな顔をしながら私の手に置き握ってくれた。よく分からないけど心が落ち着いて私はそのまま寝てしまった。だからその後のことはよく知らないが母の話を聞くと薫も一緒に寝てしまったらしい。
そんな大切なキーホルダー。母にも父にも話していない。ふたりの秘密。
だから捨てられない。ずっと大切に持っている。
薫はもう覚えていないのかもしれない。それでも私の中には確かに思い出が残っている。
そしてもうひとつなんというのかよく分からないがこのことを思い出すと胸が苦しくなる。思い出に限らず薫のことを思うと不思議な気持ちになる。高校卒業する前会えなくなるのを聞いてとても寂しい気持ちになったのも覚えている。言葉で表すのは少し難しいこの気持ち。なんて言うのか私には分からなかった。
(続?)
『お気に入り』
「突然の別れ」
「ひろちゃん〜!起きて〜!!置いてくよ〜!」
「かな…もう高校生なんだから一人で行くよ…」
「なんでよ!!いいじゃ!別に!幼馴染なんだよ??」
「いや、だからいっかとはならんから。そもそも年頃の女の子なら男子と登校なんて嫌なるだろ」
「なんで?」
「なんでじゃなくて……あーもうっ!」
これが俺たちの17年間続いているやり取り……だったもの
この時は少なくともあと1年続くと思っていた
「ヒロくん。最近カナちゃん学校来てないけど理由知ってる??」
「仲本さん。なんか熱出してるらしいよ。連絡取れないの?」
「うん。既読が先週からずっとついてなくて…」
「なるほど…ちょっと言っとくわ」
「わわっ!全然気にしないで!!早く元気になるといいけど……」
━━━放課後━━━
「ヒロくん…わざわざありがとうね〜」
「いえいえ、クラスの子達も心配してたので…今カナに会えますか?」
「ごめんね〜カナ今ここにいないのよ〜」
「どういうことですか?」
「……カナから聞いてない?カナ……余命宣告を……うっ……」
「っ……!そんな…嘘ですよね…?」
「ごめんね……」
「謝らないでください……どこの病院の何号室ですか?」
「かなっ!」
「!?……ひろちゃん…なんで来ちゃったの」
「いや、なんで言わないんだよ!幼馴染だろ!?」
「ずるいよ、そういう時だけ…うっ……」
「かな?かな!かなー!!」
人は簡単にいなくなる。凄く脆い。皆が思ってるよりも、凄く。
「苦しい。悲しい。切ない。信じたくない。見てない。知らない。嘘。まだいる。そこにいる。笑ってる。生きてる。話してる…はず……」
━━━━30年後━━━━
かなが見れなかった世界。やり残したこと。ノートにまとめておいてくたもの。これをやり遂げるまでは…あと3つ……
「貴方がヒロさんですね。ご武運を」
グサッ
背中に走る鈍い衝撃と共に見ていた夢が終わる。
起きた世界には元々かなという人は存在していなかった。
ただ確かに俺の中にはいた
「ハッピーエンドがお望みで?」
毎日見る夢。その夢に出てくる人は毎回同じ人。顔は曇りがかかっていてよく見えない。声から分かることはきっと女性であること。
2年前からこの夢を見るようになった。この夢を見始めた日から少しの違和感がある。なにか大切なことを忘れている気がする…。聞いたことあるような声…なはず。
考えれば考えるほど頭が痛くなる。病院から処方された薬を飲んではいるものの最近は薬の作用が弱くなってきている気がする。
モヤモヤとした気持ちのまま今日も大学へ行く。
「叶ちゃん…もう学校来ても大丈夫なの?」
「え?なにが…?」
「何がって…」
「ちょっとあんた!こっち来なさい」
(あの子はあの事件以来記憶が曖昧なのよ?葉弥ちゃんのことも忘れちゃってるんだよ…)
(そうなの…?私何も知らないで失礼なこと…)
奥で何か話してるが何を話してるのか聞き取れない。
真っ青な表情で…なにか真剣な話をしているのだろうか…
「話し込んでる最中にごめんね?私次の講義取らなきゃだから急ぐね?」
「あぁ、ごめんね呼び止めて…」
最近になって色んな子に声をかけられるが対して仲が良くなかったのもあって話が続くこともないし…
何がなんなのか。ひとつ分かってるのはあの夢を見始めたタイミングと一致しているということ。なにか関係があるのだろうか。
そういえば今日は定期検診の日だったな。帰りに寄っていこう。
「鈴美さん。最近の調子はどうでしょうか。」
「最近もずっとあの夢を…」
「そうですか…症状に変化はないと。なにか思い出したことはありますか?」
「いえ、なにも…」
毎回同じ事を聞かれては同じ事を返している。そんな自分嫌気を覚えながら今日も同じ道を歩きながら何を忘れているのか考える。
そんな帰り道…
''危ない!''
誰かの声と共に視界が明るくなる。鈍い衝撃と共に記憶がフラッシュバックする。
私の記憶はそこで途絶えた。
あれから何日、何週間、何ヶ月…たったのだろうか。
私が目を覚ますとそこは病室だった。
記憶が曖昧だが、''あの時と同じ''飲酒運転で操縦していたトラックの運転手が信号無視して私にぶつかったこと。
私に声をかけてくれた人が誰だったのか聞いたが、周りには誰もいなかったこと。
目を覚ますと涙が流れていたこと。
あの日、親友の葉弥と映画に行った帰り道に飲酒運転をしていたトラックに私は轢かれかけた。それを葉弥は庇ってくれて…
なんでこんなことを忘れていたんだろう。大切なことなのに…いや、忘れてたんじゃなくて思い出したくなかっただけなのかもしれない。
あの日映画から出てすぐのこと。
「ねぇ!映画面白かったね!!」
「うん!すっごく!」
「私あのシーン好き!」
「''ハッピーエンドがお望みで?''」
「そうそれ!悪役なのにあんなにかっこいいなんて…好きになっちゃうよね!!」
「わかる!すっごくかっこよかった!!」
いつも見る夢。あの時見た映画の…葉弥が好きだって言ってたセリフ。毎日毎日、思い出して貰えるように夢に出てきてくれてたんだ…
涙が溢れ出す。もしかしてあの時''危ない''と叫んでくれたのも…
余計に涙が止まらなくなって、胸が苦しくなって…
思い出した日からあの夢は見なくなった。もう忘れることは無いだろう
『ハッピーエンド』
「ねぇ、あの噂知ってる?」
「どんな噂?」
「隣のクラスの山田くんに見つめられると恋に落ちちゃうっていう」
「知ってる!どんな人なのかな?」
──そう僕こそが!
学校全体で噂になってるあの山田……の幼なじみの佐藤…です…。幼稚園から一緒なのもあってよくセット扱いされます。僕の周りにはよく女子が近寄ってきます。もちろん山田目当てで…泣きそうです。
最初こそ傷ついていましたが今はもう慣れたものです。なれたら慣れたで寂しいものではありますが…そうでもしない限りメンタルが持ちません…
よく言われるのです。「そこまでして山田と一緒にいてなんになるの?疲れないの?辞めちゃえば?」と。
皆さんは山田のことをクールでかっこいいやつだと思っています。たしかにそれは正しいのですが、それは山田のほんの一部でしかないのです。
二人でいる時には猫さんみたいに雨得てくるところとか実は雷が苦手なところとか、泳げないところとか漢字に弱くて教科書にふりがなをふっているのとか。
とても可愛いのです。すごくすごく可愛いのです。
だから一緒にいるのです。
皆さんに知ってもらいたいと思っているのですが、学校では絶対してきません。なんだかんだ言って僕だけが知っているっていうのも特別感があって嬉しいものなのですが…。
そんな山田が今目の前にいるのです。そして何故かすごく見つめられています。一体どういう状況なのでしょうか!?
──俺は今何をしてるんだ?
自覚は無いが学校内で噂になっているらしい山田…なんだが。俺は今目の前にいるこの佐藤のことが小さい頃から好きだ。佐藤は気づいていない…と思う。
今まで色んなアプローチをしてきたが全く気づいて貰えない。気づいた上で気付かないふりをしてくれてるのかもしれないが、佐藤にそんなことができるとは思っていない。
そんな中噂になっている俺に見つめられると恋に落ちる…ていう話。実際のところは相手にしか分からないし、俺の目には常に佐藤しか入っていないから誰かが恋に落ちたなんて知ったことでは無い。
だからこそ、佐藤を見つめている…のだが。なんの反応もない。脈ナシ…なんだろうけど、諦めるか諦めないかは別の話だと思っている。そうでも無い限り何年間も片想いなんて続けてられない。
いっその事あの噂が本当で俺に恋しちゃえばいいのに…
──すごく見つめられています!!
なんなのでしょうか、なにか怒らせるようなことをしてしまったのでしょうか…
それともあの噂を試して……ってそんなわけないですよねっ!
少し焦ってしまいました。こんなこと考えていたら山田に引かれてしまいます。
でももし、本当に噂のことを信じているとしたら…
なんて…
【噂が本当ならいいのに】
『見つめられると』