: 柔らかい雨
心がどうしようもなく疲れた時
私はみどりに会いに行く
木立が集うみどりの中
清々しい空気に包まれ
みどりが放つ吐息を
ゆっくりと肺に流し込む
私が私になれる場所…
こわばった体の力が震え
悲しい雫が頬を伝う
無の静寂が誘う手に
ありのまま身を委ねる
心の中に柔らかい雨が降り注ぐ
ぽつんぽつんと芽生えた苦しみを
優しく拭い去るように…
私は今、ちゃんと生きている
心がちゃんと、息をしている
私が生きている証を
息衝く尊さを
みどりはいつも教えてくれる
柔らかい雨に虹が架かる
私はまた、歩いていける…
桜月夜
: 一筋の光
さ、財布がない
確かここに入れたはずなのに…
もう一度、鞄の中をかき回す
ポケットの中にもない
どういうこと…、もしかして
慌ててたから落としたのかも…
焦る背中に声がかかる
「あの、これ落としましたよ」
一筋の光が差すとは
まさにこのことだわ
探す手を止め、高まる気持ちを抑え
笑顔を貼り付け振り返る
そこに立っていたのは…
ウェーブの髪がふわりと揺れる女と
警察官の男が一人
私の顔から血の気が引いていく
今にも飛びかかろうとする女を
警察官は片手で静かに制した
私から視線を外すことなく…
冷たく光る目に捕まった時点で
私は逃げることさえ浮かばなかった
「さぁ、話を聞かせてもらおうか」
折角差した希望の光が
瞬く間にチリチリと消えていった
桜月夜
: 哀愁を誘う
あなたは、ぽつりぽつりと話し始めた
殆ど話すことなどないのに
少しお酒が入ったからだろうか
私は黙って聞いていた
不意に思い詰めるように黙り込み
お酒に色づく氷を見つめる
私も自分のグラスを見つめる
どれくらいたっただろうか
意を決したように言葉を放つ
「1/4にカットされた白菜が…
1200円もしたのよ…」
驚愕のセリフに私は
首が千切れんばかりの勢いで
彼女を見た
伏し目がちに潤む瞳が
哀愁を誘う
「それに気づいた私は思わず
伸ばした手を引っ込めてしまった…
ぅぅぅ…」
わなわなと震える彼女の手が
琥珀に染まるグラスに触れる
カラン…
梅酒に濡れる氷が
行き場をなくしたように彷徨う
彼女の心の中を見ているようで
私は、何も言えなかった…
桜月夜
: 眠りにつく前に
眠りにつく前に
微かに声が聞こえた
あらあらこの子ったら
大好物のクッキーを持ったまま
眠っちゃったのね
優しく髪を撫でたあと
私の手からクッキーを取ろうと…
はっ、ダメ~、私のクッキー!
なんとか瞼をこじ開け
クッキーを口に運んで
モグ、モグ、モグ…
なんでだろう…
クッキー食べたいのに…
また眠くなってきた…
でも、どうしても食べ…たい…
ふふっ、また眠っちゃったのね
本当に食いしん坊さんなんだから
だいじょうぶよ
ちゃんととっておきますからね
ちょっとくすぐったいその声は
私の手からクッキーをそっと取り
大事そうに抱っこしてくれた
クッキーも好きだけど
私は、この優しい抱っこも
大好きだ
桜月夜
: 永遠に
永遠に、とは言えないな…
でも、僕が生きている限り
君の傍にいたいと思っている
傍にいて、一緒に笑ったり
美味しいものを食べたり
時には喧嘩したりして
君の全てを愛したい
貴方は最期まで約束を守ってくれた
一緒になって笑ってくれて
一緒になって泣いてくれて
喧嘩をしたらとことん話し合ってくれて
生きている限り…
貴方の好きだった花を手向け
私は墓前に話し掛ける
貴方は生きている限りって言ったわよね
確かにもう、貴方の温もりに
触れることはできない
けど、貴方が旅立ってからも
ずっと感じるの
今でもずっと傍にいてくれてるって…
優しい風が、私の髪を撫でる
私は泣いたりなんかしないから…
柔らかい日射しが、体を包む
ふわりと頬が温かくなった
貴方は今も、私の傍に…
桜月夜