桜月夜

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11/16/2024, 7:19:00 AM

   : 子猫


小さくうずくまったものが動いた

えっ、こんなところに…子猫?

僕に気づくとよたよたと立ち上がり
おぼつかない足取りで歩いてくる

それにしても、小さすぎる
近くに母猫の姿も見当たらない…

足元にたどり着いた子猫は
震える体全身で話しかけてくる

僕に向けられたか細い鳴き声が
生きたいと切実に訴えかけてくる

僕は子猫が壊れないように
優しく優しく抱き上げた

大丈夫、怖くないからな

そう言いながら頭をそっと撫で
近所にある獣医に診せにいった

目立った問題はないとのことで
ただ、もしこのまま飼うというのであれば
子猫にあう栄養バランスの整ったフードや
子猫が過ごしやすい室内環境を確保
してやれば、すぐに元気になる
あまり心配しなくて大丈夫だよ
もし何かあればいつでも相談に乗るから…

そう頼もしいことを言ってくれた

僕と一緒に暮らすか? そう聞くと
眠たそうにこくんと頷いたようにみえた

しずくと名前をつけた日から
もう何年たっただろうか

甘えん坊の寂しがり屋

膝の上で撫でられるのが好きで
僕の隣で眠るのが好き

僕は、しずくのすべてが大好きで
そう…すべてが愛おしい

ありがとう、しずく

寝ぼけながら僕のお腹を
ふみふみするしずくを
心から幸せにしたいと思った…


                桜月夜

11/14/2024, 1:23:12 PM

   : 秋風


程よく冷たい秋風が
頬を撫で行く黄昏時

夕日も心なしか寒いようで
茜色が澄み切って見える

肌を覆うとろみがかった光は
シルクに包まれたようで心地好い

夕日の色も、光の暖かさも
私は本当に大好きだ

子供の頃、よく母と散歩した並木道
カサカサ踊る葉っぱが面白くて
散歩の足が進まないと
よく二人で笑ったっけ…

あの頃と見る場所は違うけれど
変わらず夕日はいてくれる

秋風が、娘の髪を燻らせる

いつものように夕日に
バイバイと右手を振ったら
お腹がすいたの歌が始まる

繋いだ手はこんなに小さいのに
ぎゅっと握る強さと温かさは
二人の絆の重さを教えてくれる

そうだ、母と娘の誕生日に
お揃いのマフラーをプレゼントしよう

何色がいいかしら…

秋風が葉っぱを優しく転がした


                桜月夜

11/12/2024, 3:57:47 AM

   : 飛べない翼


ボロボロに傷ついた翼を
静かにたたんでうずくまる君は
とても悲しそうに泣いていた

もう僕は、飛ぶことができないんだ
体が痛くて、もう、僕は…

いたたまれなくなり、私は君に近づいた

怯える君の体にそっと触れる

痛いのはきっと、君の心だろう…

絶望に溺れそうな瞳に
小さな光の欠片が浮かんでいる

君はこんなに傷つきながらも
まだ、希望を隠し持っているのだ

私を見る君の目から少しずつ
あたたかい光が浮かんできた

君は何度でも飛び立てる
飛べない翼などないのだから

私はそっと君を抱きしめた

傷つくのは君が弱いからじゃないの
誰よりも人の苦しみがわかるから

それを受け止められる君は
誰よりも強くて優しいのよ

泣きたいときは思いっきり泣けばいい
涙は君の見方なの
涙は君を強くする

君次第でどこへでも飛んでいける

傷ついた翼に色が戻っていく
力強い勇気の証が目の中に灯る

もう大丈夫
君は、どこまでも飛んでいける

傷つくことを恐れないで
光は、君の手の中にあるのだから…


                桜月夜

11/9/2024, 5:31:46 AM

   : 意味がないこと


ねぇお父さん、今日何の日か覚えてる?

牛乳が入ったコップを片手に
珍しく娘が話しかけてきた

え? なんかあったか?

この世の終わりみたいな呆れ顔で

やっぱり忘れてる

軽く鼻を鳴らしながら

お母さんの誕生日でしょ!

ん? そうだったか?

いかん、完全に忘れてた…

たまにはお花でもプレゼントしたら!
お母さんがお花好きなことぐらいは
ちゃんと覚えてるよね?

娘の目が据わっている

今さらそんな意味がないことしたって…
そううっかり思ってしまったところで娘が

今、そんな意味がないことしたってって
思ったでしょ

そして、悪を含むように

そんなことしてたら捨てられちゃうよ

と、止めを刺して牛乳の飲み始めた


天気もいいし散歩にでも行くかと外に出たが
普段散歩なんかしないので足が進まない

あっ、そういえば確かあそこに…
思いついた方へ向かってみる

あった!

とりあえず覗くだけ覗いてみるか
おずおずと中へ入っていくと店員が

いらっしゃいませ!何かお探しですか?

と、笑顔で話しかけてきた

え~と… まずい、プチパニックだ…

どなたかへのプレゼントですか?

あの…妻への誕生日プレゼントを…

まぁ~、素敵ですね
奥様はどういうお花がお好きなんですか?

え~と…

では、何色がお好きなんですか?

確か、ピンクとか淡い色だったかな…

かしこまりました、少しお待ちくださいね

店員は何の迷いもなく花を選んでいく
まるで花が、は~いって手を挙げてるんじゃ
ないかって馬鹿なことを考えてしまうくらい…


見た目も値段も満足な花束を受け取り家に帰ると
なんだか途端に恥ずかしくなってきた

帰ってきたことに気づいた妻が
お帰りなさいと笑顔を向ける
そして一瞬、ん?という顔をしてから

それ、どうしたの?と聞いてきた

いや、ほら、その、今日、誕生日で…
だから、その、プレゼントというか…

そう言いながら花束を差し出すと
少し涙ぐんだ妻は俺にこう言った

あなたまさか…浮気してるの?

なっ、おっ、俺がそんなこと…

冗談よ、ありがとう、あなた

どの花瓶に生けるかだけで
こんなに嬉しそうに笑うんだな
ごめん、忘れてた…

誕生日おめでとう
これからも、よろしくな

はしゃぐ妻の小さな背中に
感謝の言葉を呟いた…


                 桜月夜

11/7/2024, 4:21:30 AM

   : 柔らかい雨


心がどうしようもなく疲れた時
私はみどりに会いに行く

木立が集うみどりの中
清々しい空気に包まれ
みどりが放つ吐息を
ゆっくりと肺に流し込む

私が私になれる場所…

こわばった体の力が震え
悲しい雫が頬を伝う

無の静寂が誘う手に 
ありのまま身を委ねる

心の中に柔らかい雨が降り注ぐ
ぽつんぽつんと芽生えた苦しみを
優しく拭い去るように…

私は今、ちゃんと生きている
心がちゃんと、息をしている

私が生きている証を
息衝く尊さを
みどりはいつも教えてくれる

柔らかい雨に虹が架かる

私はまた、歩いていける…


                桜月夜

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