: もう一つの物語
実はね、このお話しには
もう一つの物語が隠されているの
パタンと本を閉じた瞳が輝いた
君は想像力に長けている
本当にそうなんじゃないかと思うほど
毎回君の話に引き込まれてしまう
今だってそうだ
こうなったらもうとめられない
僕は君の話を聞くのが好きだ
でももっと好きなのは
コロコロ変わる表情かな
その物語の登場人物のように
何にだってなりきってしまう
だから君を見ているだけで…
僕の心の中には、豊かな未来へと
続く一つの物語がある
君の物語の登場人物に
僕の名前があればいいのだが…
至福の笑みを浮かべながら
口いっぱいにケーキを頬張る君
ドキドキとワクワクが入り雑じった瞳に
君を愛してやまない僕の顔が映っていた…
桜月夜
: 暗がりの中で
真っ暗がりなぼくの心の中に
小さな光が灯ったんだ
まるで蝋燭の火が
優しく揺れるように…
丸みのある淡いオレンジ色が
ぼくに語りかけるように近づいてきて
ぼくの鼻先にキスしたんだ
なんだか照れ臭かったけど
とっても嬉しかった
寂しさで紡がれた鎖が
するするとほどけていったとき
誰かがぼくの頭を優しく撫でながら
名前を呼んでいるのが聞こえた
なおくん、おはよう…
心地好さに包まれながらそっと目を開けると
零れそうな笑顔を向けながら
ぼくを見つめるおばあちゃんがいた
ぼくは独りぼっちじゃないんだ
そう思ったとたん
ぼくのお腹がため息を漏らした
さあさあ、ご飯にしましょうね
ぼくはおばあちゃんの後を追いかけた
桜月夜
: 行かないで
私はなりふり構わず走った
どこをどう走っているのかもわからない
ただ、この機会を逃してしまえば
もう二度と会えないことを知っていた
どこっ、どこへ行ったの…
微かに聞こえるあの音だけを頼りに
私は尚も走り続ける
いたっ、やっと見つけた!
なのに屋台の親父は
私の姿を見るやいなや
猛スピードで逃げようとする
お願い、待ってぇ~、行かないでぇ~
私の焼き芋~!
私はそう叫びながら
ガバッと起きた
とある休日の昼下がり
娘を眺める母の目が
悲しげに笑っていた…
桜月夜
: どこまでも続く青い空
貴方を見送った日も
そう、こんな青い空だった
笑顔でさよならを言おうとしたのに…
貴方は優しく私の頬を拭いながら
ごめんねと呟いた
今でも頬に触れた暖かさを覚えている…
一筋の飛行機雲が振り向きながら
慰めるように微笑んだ
どこまでも続く青い空は
未来に出会う誰かさんと
きっと繋がっている
私はもう泣いていない
だって
新しい毎日が
私を呼んでいるから…
桜月夜
: 衣替え
よく晴れた日の日曜日
綺麗に洗われた洗濯物を
一枚一枚丁寧に畳んでいく
何故だか母は嬉しそうに微笑んでいる
面倒な筈なのに…
衣替えの時季になると母はいつも
沢山の洋服に話し掛けている
やっぱり嬉しそうな顔で…
私は可愛い二人の子供に恵まれた
そして、優しい旦那様にも…
今ならはっきり分かるよ、お母さん
洋服は大事な家族といつも
寄り添い包んでくれる
だからありがとう、またよろしくねって
声を掛けてくれてたんだね…
私もこの子たちを優しく愛せるように
母が私たちにしてくれたように
…でもちょっと心配だから
これからも見守っていてね
ありがとう、お母さん…
桜月夜