: 始まりはいつも
賭博で八百長がバレてしまい
場の空気に緊張が走った
用心棒の男たちが
互いに合図を送った瞬間
無駄のない動きで金を掻っさらい
奴らの合間を縫って逃げ去った
狭く薄汚れた路地裏に潜み
逃げてきた奴の腕に指を食い込ませ
有無を言わせず腹を刺そうとした
だが女は隠し持ったナイフで
俺の喉を掻き切った
俺は目を見開き
ゴボゴボと息を漏らしながら…
「あなた~、早く起きないと
ご飯食べちゃうわよ~」
…目を覚ました…
一日の始まりはいつも、これだ…
桜月夜
: 秋晴れ
涼やかな顔をした秋晴れの空に
さらっと伸びをした雲が
気持ち良さげに横になっている
うだるような暑さが旅に出たあと
ちょっとお邪魔しますよと言わんばかりに
肌に心地よい風が訪れた
きっと長居はしないだろう
身軽に泳ぐ様子で分かる
この束の間の季節が私は好きだ
色の移ろいに心を染め
美味しいもので腹を満たす
あと何度この和(なごみ)を味わえるのやら…
空を見上げ、ぽつりとひとりごちた
桜月夜
: 忘れたくても忘れられない
私には忘れたくても忘れられない
悔しい思い出がある
あれは、そう1年程…いや
5、6年前のとある冬の日…ん…
いや確か夏の日だったわ
その日は朝から…いや昼頃から
急に忙しくなって、やっとの思いで
くたくたになった身体を
引きずって家に帰ったの
そして転がるようにお風呂に入ったわ
「あぁ~っ、極楽極楽」と至福の声を響かせ
頑張った自分へのご褒美の
ビールを…いやアイスを…ん?
そうそうプリンを思い浮かべたのよ
さっぱりした緩みきった顔で
冷蔵庫の扉を開けた私は
愕然としたわ
「誰が私のプリンを食べたのよぉ~!」
私は、一人暮らしだ
桜月夜
: やわらかな光
やわらかな光が肌に溶ける
ふと顔をあげると
朝の日が色を連れて覗いている
ピンクの秋桜が色を重ね
淡い艶を儚げに纏い
にっこりと微笑んでいる
やさしい風に揺らぐ細い体
愛おしそうに絡み合い
変わる朝の色味を眺めている
あの人はどうしているだろうか…
やわらかな光が風に溶け
私の心をするりとすり抜けた
桜月夜
: 鋭い眼差し
予期せぬことに時間を取られ
漸く現場へと辿り着く
そこへ思い詰めた女が目に入り
私は足早に歩み寄る
私の存在に気付いたのか
あからさまに緊張が走った
鋭い眼差しが私を貫く
こんなことでひるむ私ではない
殆ど同時に動いた
無駄のない軽やかな仕草で
最後のたまごのパックをゲットする
悔しそうに歪む唇を横目に
私はレジの列へと並んだ
桜月夜