『あの頃の私へ』
幼い頃の僕。
様々なことが特別に感じていたあの頃。特別だったものは、今では当たり前のことになってしまった。
電車に乗ること。
車ではない乗り物で遠出をする時、改札の音や、電車が来る時のアナウンス、発車のメロディには胸を躍らせた。
しかし、電車通学をするようになってからは耳馴染みのある音にしかならなくなった。
友達と遊ぶこと。
放課後に小学校の校庭や公園に出掛けて、かくれんぼしたり、鬼ごっこをしたり。全力で遊び、たかが遊びの勝ち負けにこだわった。
しかし、行動範囲が広がれば、友人と出かけるのは、ほとんどがお金がかかる場所になった。
夜に外出すること。
昼間とは打って変わって、静寂が街を包む。車や人通りも少なく、自分しか存在していないのかもしれないと想像を膨らませた。
しかし、バイトや学校など、帰宅時間が遅くなると、夜でも人は活発に動くのだと知った。
あの頃の僕よ。
君は早く大人になり、もっと自分がやりたいようにしたいと思っていることだろう。
確かに、大人になれば、自分が使えるお金は増え、その分できることも増える。人との交流も多くなり、より多くの価値観を知って、人間性も豊かになる。
けど、失ってしまうことも多い。
大人になってしまえば、責任がついてまわる。自分の中の当たり前が増えていく。自分の限界を勝手に決めて、諦めることも多い。
あの頃の僕よ。
大人から見たら何気ないことでも、幼い君ならキラキラと輝いて見えるだろう。
大人が、挑戦する前から諦めてしまうようなことでも、君は無鉄砲に挑戦し、がむしゃらになるんだろう。
これらは、子供だけが持つ特権だ。
だから、どうか何気ない日々を大切にして欲しい。
子供でいられる時間は、人生の中で一瞬なのだから。
『逃れられない』
生と死。
この世は、選択は最終的に2択になると僕は考える。
そして、生死においてもそれは例外ではないと言える。
生きるか死ぬか。これは、2択の中でも究極のものだろう。精神的に辛くなり、追い詰められたとき。誰もが「死にたい」と思ったことがあるのではないだろうか。
しかし、自らの命を断ちたいと思う前。「どこか遠くに行ってしまいたい」「誰にも会いたくない」「消えてしまいたい」と願うことはないだろうか。
僕は、ふと、幽霊のように周囲の人から認知されない存在になりたいと思うことがある。確かにそこに自分は存在しているが、周囲の人は気づくことがない。生きることと、死ぬことに挟まれた、第3の選択肢。「消えてしまいたい」という願望。
だが、このことは現実的にはあり得ない話だ。消えてしまうだなんて、透明マントなんて代物がない限り、不可能だと言えるだろう。
どんなに考えたとしても、結局は、2択を迫られるのだ。
どちらを選ぶのか選択することからは逃れられない。
今日も僕は、選択することから逃げたいと願っている。
『透明』
喜びは桃。
怒りは赤。
哀しみは青。
楽しさは橙。
感情はそれぞれ、各色のイメージを持つ。
貴方が喜べば、僕も喜び、貴方が哀しくなれば、僕も哀しくなる。
人は、他人から共感を得ることで、安らぎを感じる。
ほっとする。
僕は、貴方にとって、安心感を与える存在でありたい。
同じ感情を共有することで貴方の心が軽くなるように。
僕の色は、貴方の感情で染まる透明の色。
けど、僕も時に自分の感情が溢れることもある。そんな時は、貴方の色は、僕の感情で染まる透明の色になって欲しい。
お互いを支え合うことで、貴方の隣にいることができるから。
『理想のあなた』
あなたは完璧だ。
優しく、成績はいつも上位で、運動も得意で文武両道。けれど、驕ることはなく、むしろ謙虚で、人を見下したりしない。
あなたは完璧だ。
人とコミュニケーションを取ることが得意で、初対面の人でも、他の人が声をかけるのを躊躇ってしまうような人にも。誰でも分け隔てなく、接している。
あなたは完璧だ。
全ての人が、人間として仄暗さをもっていると言っても過言ではないのに、あなたは、善人と称される特徴のみを持っている。醜い部分など、1つもない。
あなたは完璧だ。
しかし、あなたにも、たった一つだけ、欠点がある。
それは、現実に存在しないこと。
あなたは僕だ。
僕がなりたいと思い描いた、理想の自分の姿。
理想の自分へ。理想のあなたへ。
どうか、僕の理想を詰め込んだ存在のままでいて。
そうすれば、僕は、自分がなりたい人間像を失わずに、日々を過ごすことが出来るから。
『突然の別れ』
「別れ」とは何度経験しても慣れない。
進学先の違いという別れ。引越しという別れ。
これらの「別れ」は、今後、絶対に会えなくなるというわけでは無い。連絡を取ろうと思えば、スマホを片手にすぐにメッセージを送ることが出来る。
別れの瞬間は、寂しさに支配されてしまうが、それでも、一生会えないということでは無いと信じているから、寂しさは緩和される。それどころか、どこか暖かさに包まれているような感覚さえする。
しかし、今生の別れ。
この別れは、1番嫌いだ。
あの時の景色を、感情を、僕は決して忘れないだろう。
夜。電話が来たと、スマホから着信音が流れる。電話に出ると、残酷な言葉が伝えられる。…貴方が亡くなったと。不思議なことに、悲しさよりも驚きが勝った。もしかしたら、現状に理解が追いついていなかったのかもしれない。
けれど、棺で眠る貴方を見た時。貴方は数ヶ月前に会った時と変わらない顔であるにも関わらず、魂だけが、そこに無かった。抜け殻のようだと思った。
葬式は、心ここに在らず、と言ったところだろうか。現実であるはずなのに、どこか夢を見ているような感覚だった。
そしてついに。貴方が霊柩車に乗る前の、最後の別れが来てしまった。ずっと夢を見ていたかのようにぼんやりとしていた頭が、冴え渡る。
もう貴方に会うことはできない。貴方は、もう、優しい眼差しや、体温を、僕に与えてくれることは、この先、1度も無くなってしまうのだと。
急に現実を突きつけられた気がした。電話を受けてからしばらくの時間が経っていたというのに。
悲しみが襲ってくる。涙が溢れてきた。今に至るまで、流れることはなかったのに。
…別れは嫌いだ。