『恋物語』
運命の人とは赤い糸で結ばれている。
そんなロマンチックな展開は、現実では起こらないと、分かっている。こんなに広い世界で、たった1人を見つけるなんて、それこそ不可能に近い。相手が地球の裏側にいるとしたら、なおさら。
それでも、ふと夢を見ることがある。もしも本当に赤い糸で結ばれているとして、その相手が、僕が好意を抱いている君だったら…って。
都合のいい、馬鹿げた想像だって、自分でも分かっている。僕の見る世界と、君が見る世界は、同じ景色を映していたとしても、何を感じるか、なんてことは寸分違わず同じだということはあり得ないから。
僕の見る世界では、君は、落ち着いていて、礼儀正しくて。でも、書く文字が雑だったり、ちょっと抜けているところがあったり。僕は、そんな君が愛おしいと思う。
けど、君が見る世界では、僕はどんな風に見えているんだろうか。
もしかしたら、僕が君を愛おしく思うように、君も僕を愛おしいと思っているかもしれない。
もしかしたら、君と関わる大勢の人の中の1人に過ぎないかもしれない。
もしかしたら…想像はいくつも浮かんでくる。勝手に想像して、勝手に舞い上がったり、凹んだり。けれども一歩を踏み出す勇気はなくて、結局、君と一緒にいられる時間が嬉しくて、その現状に甘えてる。
僕は臆病者だ。
けれども、君と目が合うなら、君と話せるなら、君と笑い合えるなら。
僕は、君と赤い糸なんかで結ばれていなくてもいいから、今の関係を壊したく無い。
僕は、関係性が変わらなくてもいいから、君と一緒にいることを選ぶ。
これは臆病なりの、小さな決意。
『真夜中』
夜は不思議だ。
夜になると現れる暗闇は、変化する。
例えば、寂しさ。街が寝静まり、人の気配が無い夜は、どこか心細い気持ちにさせる。
例えば、感嘆。美しい星々は、暗闇の中、輝き続ける。陽が昇る時間には決して見ることのできない景色が、そこには広がっている。
例えば、安堵。人との関わりに疲れ、眠れない夜は、暗闇は優しく寄り添ってくれる。
暗闇は、人によって、どのように感じるかが変わり、夜という特別な時間の間だけ、絶え間なく、僕たちを包み込む。
今日の暗闇は、僕にとってどんなものになるだろうか。
真夜中への、ちょっとした楽しみ。
『愛があればなんでもできる?』
「恋は盲目だ。」
この言葉を言ったのは誰だっただろうか。誰だか分からないが、この言葉を一度でも耳にした人は多くいるだろう。そして、恋をした人々はこの言葉を身をもって理解したことがあるのではないだろうか。
恋愛をしていると、どうしても相手が主軸になってしまう。自分の行動を自分で決めるのではなく、相手に影響されてしまうこともあるだろう。相手の言動に、過度に喜んだり、悲しんだり。自分の感情でさえも、コントロールできなくなってしまうのだ。
しかし、自分の人生の主人公は誰だろうか。自分の人生をどんなものにしたいのか、決めるのは誰だろうか。それは、紛れもなく自分自身であると、僕は断言する。
1人の人間の物語を、自分が思うように紡ぐことが出来るかもしれないのに、他人によってそれが妨げられてしまうのは、いかがなものか。
愛があるから何でも出来るわけではない。自分が、自分の人生の主人公であり、作者でもあるから何でも出来るのだ。
『後悔』
「あーすればよかった」「こうすればよかった」。
何度そう思ったことだろう。その時の自分が最善だと思ったことも、時間が経って振り返ってみれば、間違ったもののように見える。確固たる意思でさえ揺らいでしまうのだから、時に何が正しいのか、それさえも靄がかかってしまったように不明瞭になっていく。
後悔とは、心に鉛のように重くのし掛かり、過去の自分が現在の自分を縛り付けているもののようである。
しかし、いざ自分の命の灯火が消えようとする時。「後悔の多い人生だった」と悔いてしまうことは、なんと悲しく、寂しいことだろうか。
過去を振り返る時、ついネガティブな出来事を思い出してしまうものだが、そこには確かに家族や友人との関わり、自分が成し得たことなど、輝かしい経験だけではなく、何気なく享受している「当たり前」の出来事など、幸福を感じる瞬間は多く存在しているはずである。
後悔とは、いつ何時も起こりうるものであり、自身とは切り離すことのできないものである。
だからこそ、最期の瞬間を。たくさんの後悔を上回る程の幸福で満たされるよう、何気ない日常を、大切に。
『風に身をまかせ』
自分は何がしたいのか。
そう、疑問に思うことは何度もある。そして、この疑問の答えを考えるのに、僕はたくさんの時間を要する。たくさんたくさん考えた結果、さらに自分が何をしたいのかが分からなくなり、酷く疲弊してしまう。しかし、このような疑問は、ふと自分の将来を考える時や選択を迫られた時に、これからも絶えることなく浮かび上がってくるのだろう。
そんな時、少し遠くに出かけてもいいんじゃないだろうか。例えば、有名な観光地に行ったり、弾丸で何の計画も無しに電車に乗ってみたり。たんぽぽの綿毛が風に身を任せ、遠くに行ってしまうように、僕たちもそうして流れに身を任せ、羽を伸ばしてもいいんじゃないだろうか。行き着いた先には自分が今までにみたことのない景色が、価値観が新たに生まれるかもしれない。
自分の悩みから解き放たれ、逃避することも大事であると、僕は信じたい。