紫月

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11/17/2024, 3:14:49 PM

冬になったら

 今年も後2ヶ月を切り、ようやく肌を刺すような寒さがやってきた。冬に備えて出した衣服が、まだかまだかと出番を待っているうちに、気が付けば霜月。霜が降りる気配もない霜月であったが、このまま冷え込んでゆけば姿を見せるのではないだろうか。

 毛布もコタツの準備も出来ている。わりとつい最近まで冷風を出していたエアコンの掃除も、加湿器の掃除も終わっている。去年買った温かいパジャマと厚手の靴下もクローゼットの中で出番待ちだ。

 後は、今日のご飯はラーメンにしようか、鍋にしようか。おでんも良いな。冬の夜は、帰りながらコンビニで肉まんを買うか、ピザまんを買うか。休みの日は冬季限定のチョコレートを食べるか、コタツでアイスか。そんな小さな、そして幸せな悩みをするだけだ。

 準備はもう出来ていますのよ。
 さあ、いつでもおいでくださいな。

2/20/2024, 2:55:00 PM

『同情というよりも、言葉にしにくい感情/実体験』


 「貴女、恋愛ドラマも映画も見ないの!?」

 信じられないという顔をして、私の上司が大きな声をあげる。思わずという風を装っているが、この場にいる全員に聞こえるように計算された演技である事は間違いない。

 「ああ、だから貴女は人の気持ちがわからないのね。よく優しい優しいとお客さんに言われてるけど、私から見れば偽善でしかないのよね。上っ面だけ。私みたいな百貨店経験者や、丁寧な接客を受け慣れている人だとすぐにわかるわ」

 ねえ?と、意地の悪い顔で笑うこの上司なのだが、とにかく仕事は出来すぎるほど優秀で、誰からも好かれていないが誰もが彼女の能力を認めているという厄介な存在である。さらに厄介なことに、仕事の面では皆が認めているのだから、それを誇りに思っていればいいものを、とにかく自分より格下だと認識した者より何か一つでも劣っている事が許せない性質をしていて、格下認識した相手に対しての嫌味が抑えられないのである。

 今日のターゲットは私かと、最早こうなると適当に話を合わせて、さすがです、知らなかったです、すごいですね、そうなんですね、勉強になります、やってみますねと、合コンマニュアルに載っていそうな言葉を返して、嵐が過ぎ去るのを待つのみだ。

 「ちゃんと恋愛ドラマや映画を見て、相手の気持ちが想像できるようにならないと駄目よ?私のオススメはね──」




 「あー、これ懐かしい」

 それから数年が経ち、もうすでに退職した身であるにも関わらず、その強烈過ぎる上司は、強烈過ぎた故に、様々な事柄で私の脳内にラ◯ュタのように何度でも蘇ってくる。今回は、上司がオススメだと言っていた恋愛映画が地上波で放送されるというCMが記憶の鍵であった。良い映画ではあると思う。ありきたりの人物背景、ありきたりの内容、話のオチが読める展開、それらが綺麗にまとまっていて「作品」として優れているのは間違いないと思う。しかし、思うにこれは「作品」なのである。この作品を見て恋を学びなさいというのは、小学生が少女漫画を読んで「大きくなったら、こんな素敵な恋愛をするのね」と思う事と大きな違いはないと思う。

 幸いにも人の気持ちがわからないと評された私は、良い人と巡り合い、親になる縁を持つ事が出来た。恋愛映画やドラマを好き好んで見る事はついぞ無かったが、それでも手に入れる事が出来たのは運が良かったからか、教本を間違えなかったからなのか。

 このご時世、恋愛や結婚をしなくとも楽しく生きていけるが、この中の誰よりも恋愛に詳しい、誰よりも情熱的な恋をしてきたと語っていた上司が、今も出生時の名前で働き続けているのを知っている私は、彼女を思い出すたびに何とも言えない気持ちにさせられるのだ。


1/11/2024, 2:52:50 PM

 温かい小さな手を引いて歩いた道。
 
 ヘリコプターや飛行機の音で足を止め、空を見上げる。名も知らない草や花、工事現場の車、パトカーや消防車を見かけるたびに足は止まり、少しの段差も見逃さずに登っていたあの頃は、目的地まで何分という地図アプリの予測など何も意味を持たなかった。

「ママあれは何?」

「ママ見て見て!」

 凍てつく冬の風が吹き付けても、貴方が笑い楽しみ、ギュウと握り返してくれた手があるから、ゆっくりと歩いても苦ではなかった。

 次第に手を繋がずに歩くようになり、一緒に歩く時間も減り、貴方の世界が広がり、会話する時間さえも年々減っている気がする。成長した事は嬉しいけれど、嬉しさとともに寂しさを感じてしまう事については未だに慣れない。毎日のように歩いた道には、貴方の思い出が沢山残っていて、思い出にはない私の赤く悴む手が此処に存在している事が異質に感じられる。

 というか、自分の手の色なんて気にかける余裕がなかったのよね。

 予定通りに目的地まで着いた私は、冷え切った両の手に息を吹きかけ、この手から離れていった温もりを少し思い出すのだった。


『寒さが身に染みて』

1/8/2024, 1:46:11 PM

晴天を映した青。夕焼けを映した朱。
春になれば薄桃色の桜を映し、夏には青葉若葉、秋には紅葉の帳、冬には降り積もる雪と吐息の白さを映すのでしょう。貴方のその黒真珠のように美しい瞳に。

叶うのならば、貴方が見ているその美しい世界に私も存在していたいのです。貴方が見る色のひとつに、私もなりたいのです。

『色とりどり』

1/5/2024, 1:23:42 PM

「今日の関東から西は冬晴れの天気と──」

 天気予報を聞きながら、窓をカラリと開ける。どうやら今日は暖かい一日になるようだが、流石に朝はまだ少し寒さが残っている。無防備に吸い込んだ空気が、肺の中からジンワリと体温を奪っていく。すぐに私は窓を閉め、暖房の風が直接当たる場所へと避難した。

 ゴウンゴウンと朝から文句も言わずに動いている洗濯機が止まる頃には、もう少し暖かくなっているだろう。せっかく天気が良いのだから、やりたい事は山程ある。掃除洗濯、三が日は近所のスーパーが休みだったので、そろそろ空っぽになりそうな冷蔵庫にも、何か買ってきた方がいいだろう。毎朝、死んだ魚の目をして、ゾンビのような足取りで会社へと向かう私からは想像もできないくらいヤル気に満ちているのがわかる。生きている。今、私の体には、生きるための血が流れている。感情が昂まり、エイドリアーン!!と無性に叫びたくなった所で、今の若い子には通じないだろうなと気が付き落ち着きを取り戻した。仕方がないのだ。アラサーにとって、冬の寒さは耐え難いものがあるのだ。たまの冬晴れは、まさに地獄に仏の気分であるのだ。


 冷静さを取り戻した心と、温かさが戻ってきた体を動かし、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。どうやら単純な私は、天気が良いと頭の思考回路も随分とポカポカお花畑のような事になるようだ。けれど、それも悪くないなどと思ってしまうのは、仕事に追われると中々そのような気分ではいられないからなのだろう。

 今日は、太陽が20時間くらい出ていればいいのに。

 そんなくだらない事を考えている時間も、そんなくだらない事を考える私にしてくれる天気も、確かに私にとっては大切で必要なものなのだ。


『冬晴れ』
途中から頭空っぽだった

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