※直接的な表現がアリ〼
「ルールって文明の利器ですよね」
「……いや利器ではナクネ?」
珍しくカフェではなく仕事場での会話だった。保湿クリームをつま先から伸ばしながらの私と、足の爪を切る後輩の息遣いが疎らに響いている。
「まーそうなんですけど。先人が紡いできた暗黙の了解がルールじゃないですか。人は殺さない、物は盗らない……」
あ、落ちたと切った爪を探し始める。
「人間性に基づいているから、破った人間を“倫理観”“道徳心”って形のない共通の視点で非難できるし、守ると模範に近づいた実感が得られる」
見つけた爪がゴミ箱に放られた。
「自主性に頼り切ってる気がするケド……で、何が言いたいの」
「ルールを自分勝手に変えるような、非難はされたくないけど実感は得たいっていう自己愛性の塊みたいな人間って反吐が出ますよねって話です」
素股だからゴムはいらないとかお前なんか研究したのかって話ですよ!
私はルールに守られたセックスをする。
このルールから外れたセックスが怖いくらいにずっと。
私はきっと安心しているんだと思う。
愛なんて形のないものより、お金の方がずっといい。
身体以外で愛される自信なんてこれっぽっちも無いんだから。
【ルール】2024/04/24
”心描器”とは“心描ラジオ”を庶民向けにカスタマイズした心変機械である。微弱な電流でその日の心模様を五種から選択し、一日の気分をスマートに!
「今日何にしたん?」
「水玉」
「ま? 水玉なんて一回も使ったことないんやけど」
水玉というのはキーワードとして「消極的/冷静/悲観…」が挙げられる心模様だ。そして、話し相手の心模様は縞らしい。「規律/真面目/パンクチュアル…」が挙げられる心模様で、水玉とは違ってメジャーな心模様だ。
「朝、親と喧嘩して頭冷やしたかったから」
「あーソユコト……」
この日本の心変機械の普及率は84%うち心描器の割合は68%。
「やっぱ便利だよね、心描器。無い日々とか考えらんない」
「ねー」
……私はこの世界が気持ち悪くて仕方がない。
心描器が描ける心模様は五つ。私は人間の描ける心模様がその程度だとはとても思えない。
人間の心は多面的で複合的だ。
水玉、縞、唐草、幾何学、市松なんかで表わせる心なんて日々の心のいくらを掬えるだろうか。
だから私は使わない。
自然な日々の心模様を何より大切にしたいから。
【今日の心模様】2024/04/23
心描ラジオは“アンドロイドは電気羊の夢を見るか”のアレです。
自分で言うのもなんだが、強迫的なまでの生真面目の相で損ばかりしてきたと思う。
間違いが許せかった。人生においての失敗を避け続け、成功者になった。
二十代の敏腕社長の座は、おおよそ囃し立てられ担ぎ上げられたが、人が散るのは速かった。
神輿が傾いて経営が傾いた。金を借りた。利子のみが膨らんだ。破産手続きをしてみた。が、とんと返せる金額ではなかった。
――首を吊った。
俺は何を間違ったのか。失敗を割り切れるほど失敗をしなかったから、人生最大の汚点を消化しきれないのだ。ラムネを吹きこぼしたことすらない男が被る失敗にしては重すぎた。
男は失敗はすればこそ、人生で犯した間違いは一つだけだ。
自ら命を絶ったこと。これが全てである。
しかし、たとえ間違いだったとしても彼はプライドを抱え込めたことに歓喜するだろう。
無けなしの人生におけるプライドを。
【たとえ間違いだったとしても】2024/04/22
手を脱臼しました(手抜きです)
雫は落ちるものなのです。
だから「沈く」と言うでしょう。
「何見てるの?」
池の前にしゃがみ込む子に声をかける。彼の名前は……名前は何だっけ。覚えてないけど日本人で俺の友達。画家の親とイタリアに渡ってきたらしい。
「雨が」
「雨?」
「はい。池の中に沈んでいったので」
彼はかなり芸術家気質だった。不思議な雰囲気があって、近寄りがたくて、俺はどうも苦手だった。
それに
「――君」
「なーに?」
彼は
「わ」
俺のことが嫌いだったと思う。
ばしゃん、と飛沫があがる。彼の言う雨の雫はいま跳ねただろうか。
待てど暮らせど彼は上がってこなかった。俺が思っているよりずっと深かったらしいその湖は、後に心霊スポットだと囃し立てられた。
ほんの意地悪のつもりだった。そんな俺の幼さが彼を殺したんだと思う。
雨の雫よりも深く沈んだ彼が、二度と這い上がってこないことを願う。
【雫】2024/04/21
雑駁
※差別的意図は一切ございません
「ああ神様! 他には何もいりません」
少女は手を合わせる。神どころか管理人さえ失っていそうな神社は、ただ静かに佇む。
「世界を変えてください、あの子に他の人よりも親切にしてください」
少女は友人の幸福を願っていた。アレルギーで、世界の殆どに傷つけられてしまう無菌室の親友。
「お願いします! あの子ともう一度だけでも遊びたいの、話したいの……!」
少女の痛烈な思いは神に届いたのだろうか。
その次の日世界は変わった。
「りり! 遊びに行こうよ!」
――20☓☓年
「今日すっごい良い天気だよ、りりー?」
突如地球に衝突した隕石により、文明的建築物は壊滅。太陽の急激な接近による地上の高温化により先住民は地下シェルターに追いやられ、地上を走るのは宇宙からの移住者、そして新生物。
「756! 何してんだよ行くぞ」
彼らは全員数で管理されており、主となる――人は熱に強い身体と美しい容姿を持つ。
「でも、りりが――」
「地球人が地上に出てくるわけねえだろ。行くぞ」
地下シェルターの扉に後ろ髪を引かれながらも、756と呼ばれた少女は歩き始める。
りりが信じた親友はナンゴロと名乗る摂氏67度以下での生存が困難な移住者だ。純粋な少女は彼女のために祈り、そのためか否か世界は滅びた。
彼女が本当に願うべきだったのは、世界の変換ではなく少女二人の幸福である。
それを捨て置いた彼女の痩躯は、地下シェルターで蹲り、二度と動くことはなかった。
【何もいらない】2024/04/20
序盤の注意書きが何の予防線なのか気付いた人は気にしいかも。