「お金が一番大切とかいう奴って何考えてるんですかね?」
「は……?」
隣の席の会話から話題をつまんだせいで、当の男が若干怪訝そうな顔をする。同時に砂糖漬けのアイスコーヒーを啜っていた私は密かに傷ついた。
「お金サイキョーでしょ……」
「じゃ、お金の何が好きなんです?」
「え、何でも買えるじゃん?」
化粧品も愛も彼氏も、幸せはいつだって金(¥)の上に乗っている。当の男もうんうんと大袈裟に頷いていた。ポエマー後輩の奥の席なので私からはよく見える。
「それはお金が好きなんじゃなくてその何でもが好きなんですよね?」
「……はぁ?」
「だからその人の大事なものはお金じゃなくて『何でも』なんです。人生の全部ですよ! 自分の傲慢さをひた隠しにしたいからお金って言葉でくくるんです」
……奥の席で男が突っ伏しているのが見えた。
人生には捨てられるもののほうが多いが、その全てが大切じゃないかと問われれば微妙だ。
プライドは捨てやすいが、それだけで生きているような人間もいるし、誰もが捨てがちな処女を、大切にされたくない女は居ない。
しかし、いくつか大切だったかもしれないものを捨てると、形ある代替品を欲しがるようになる。万物になりうる紙の価値はそういう風に仕上がる。
私にとってやっぱりお金は大事だ。
私には、プライドも処女も残ってないんだから。
【大切なもの】2024/04/02
こんな題名の合唱曲があった気がする。
誤字はずかしい!!
第三惑星地球。自らの星を三番目と名乗る謙虚な星に、何百光年先からの来訪者がやって来た。
「ようやく水の惑星を見つけたと思ったら嘘つきの星じゃないですか!」
水色の髪はジェルのような光沢を持ち、触るたびに触手のように跳ね返る。紫の瞳はマゼンタの瞳孔を携え、幼い体躯は百メートルきっかり。
人らしい形の人らしからぬ色彩の少女は、卓袱台をバンバン叩く。
「嘘つきの星?」
「そうですよ! 恐竜が復活したとか、歴史上の偉人の会談in太平洋とか! 私全部見に行ったのに!」
「朝からバタバタしてるのはそれか……」
コイツは宇宙人。透明な球状の被り物のお陰で移動速度が化け物で、今朝、俺のマンションの窓を突き破って来た馬鹿野郎だ。
「ここの星の人たちは何でこんな無意味な嘘ばっかり!」
「あー今日はエイプリフールだからな」
「……は? 何ですかその奇妙な名前は」
お前の本名ほどじゃないだろ、とクアレコ・アンクレー・ヴェル・サリアンバーに言うと、私の星では貴族しか許されない高貴な名前です! と返ってきた。
「エイプリルフールってのは嘘をついて良い日のことだ。四月馬鹿〜ってな」
宇宙人はしばらく固まって、マゼンタの瞳孔のみを忙しなく動かしていた。そして、ぱち、とまばたきをした瞬間にきらり、と瞳が光る。
「なんて誠実な星なんてしょう!」
「……は?」
「だって嘘をついていい日があるなら、それ以外の日に嘘をつく人はいないのでしょう? 素晴らしいです! 私の星に持ち帰らなくては……」
そう言って端末に何かを入力し始める宇宙人。翻訳機が切れているので、呟きは全くもって理解できない。
ああそうか。そういえば、嘘が許される日は、年に一回なのだ。
【エイプリルフール】
昨日結婚した山田裕貴と西野七瀬が離婚した……っていう嘘をつかれました
昔、大親友に告白された事があった。
今ほど同性愛がコンテンツ化していなかった時代、彼女は私にとって奇特であり、異常であり、ユダであった。卒業式の日の桜の仄白さと、拒絶後の彼女の顔色は同じだったと思う。順当に縁は切れ、私達は素知らぬ顔で大人になった。何も無かったかのように、今年も春が来て――。
「はがき?」
「ええ。昔よく来てた……何だったかしら? リカ? リノ?」
母親の呟く名前は一文字も掠ってはいなかったが、私に彼女の姿を想起させるのに不足はなかった。
私への手紙? 謝罪なんてのはきっと違う。何も間違ってない。
ああ、でも、関係にヒビを入れた彼女を恨めしく思った日もあった。彼女もそうだろうし、私を恨んだこともあっただろう。じゃあ怒りの手紙? だとしたら怖い。
でも、彼女の思いを聞きたい。私も何かを伝えたい。
名前と住所の書かれた表面をひっくり返す。
「結婚?」
それは私宛ではなく、参列者宛の手紙だった。
載っている写真は、例の親友と知らない女性のツーショット。「この度私達はオランダにて結婚式を挙げることにしました!」なんて文字が踊る。ここ徳島だ馬鹿。
当然出席できるわけもない。合わせる顔がないなんて理由ではない。国といい相手といい、この圧倒的な疎外感に耐えきれない。彼女はこの手紙で私が来ることを何ら期待していない。
私はスマホに手を伸ばし、電話番号をショートメールに追加する。
「お幸せに」そう書こうとして、思いとどまる。
「しあわせにんじん」
三秒で考えたみたいな陳腐さとつまらなさを奴の人生の絶頂に投げつける。
幸せになるな、とそれだけを考えていた。
【幸せに】2024/03/31
明日からまともなもの書きます…いやほんと…
「今日で卒業? 生きたねえ」
浸りに来たのは、感傷か懐古か。それすら分からないのに、それより分からないモノがいる。
それは、2年前に身を投げた私の親友だった。
「感想は?」
「……死ぬほど驚いてる」
「死んだやつ前に言う? 趣味悪いねえ」
何が気に食わなかったのか分からない。コイツをいじめていた奴らも、コイツも。
しかし、非の打ち所のない彼女を、取るに足らない子供じみた悪戯の鋭利さを、疎ましく思っていたのは両者ともだ。
「……お前が死んでから大変だったよ」
お前しか友達いなかったから、2年からお前への依存で成り立ってたものの代役を探さないといけなかった。春休みは地獄だったけど2年で全部報われた。
一軍に引きずられて韓国に推し作って、いつの間にかマジになってた。あと彼氏できた。春からは女子大行く。最高に人生楽しくて、高校生活やったったって感じ。
……でもさ
「やっぱ楽しくないわ!」
柵の向こうに居る親友に抱きついた。触れた気がして、涙が出た。下からの風圧で死ぬ気で固めた前髪が垂直に持ち上がる。
リソンジュンはかっこいいし、スタバの新作飲みたいし、春ドラマも見たいけど
お前とジャンプの読み切りとか、今季のアニメとかで騒いでた時期が一番輝いてたみたいな気がして!
思い出補正でもなんでもいい!
私は今、すべてを投げ売ってでも手に入れたい幸せを見つけたんだから。
そう、ハッピーエンドはこの腕のなかに――!
【ハッピーエンド】2024/03/30
幸せの終わり
この子は運良く死にそこねます。よかったね、ね。……え?
削除済み
【見つめられると】2024/03/28