――あんたさえ居なければコンクール出れたのに!
そう言って掴みかかったときの彼女の顔をはっきりと思い出せる。諦観、その一言がよく似合う。聖母マリアより残酷で、鮮烈な微笑を携えた彼女が、ゆっくりと自分の首を絞めていく。
今年が最後なのに、何してくれてんのよ、私が誘ったのに、なんで、なんでよ!
言葉が詰まる。上手く喋れない。息が吸えない。
「ごめんね」
嗚呼、耐えきれない!
本棚の教則本の背表紙をなぞる。
私がオーディションに落ちたのは、彼女のせいじゃない。当たり前だ。
どうしようもなく自分を責め終わったら、相手がいなくなった。矛先は勝手に彼女へ向いた。一番敵いそうな同い年の子。後輩の天才は太陽で彼女は月、私が地球。
届く、そう思った。つくづく楽観的でバカみたいだ。
私は将来音楽で食っていけるなんて微塵も思ってない。
私はきっと普通大学を受験するし、就職したら音楽を辞める。
たかがモラトリアムのライフイベントに、こんなにマジになっている。
私より上手いやつを全員殺してしまいたい!
馬鹿げた考えはゆっくりと現実味を帯びて、冷たく頬に張り付く。
……コンクールに出ないなら、もう練習はしなくて良い。それでも河川敷で吹き鳴らす自分を濁流に沈めてしまいたかった。
【バカみたい】2024/03/22
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【夢が醒める前に】
※見る人によっては気分を害する内容が含まれます
「あいつら、二人ぼっちっつーの。二人のぼっちだから二人ぼっち」
「えーなにそれ、二人ならぼっちじゃなくない?」
「あの二人、ぼっち同士なのに全然仲良くないんだわ。だからどっちもぼっち、二人ぼっち」
「ウケる!」
隣の席のぼっちを見やる。お前の話だぞ、と。しかし、奴もこちらを見ていた。お前の話と言いたいらしい。そうこれは俺達の話だ。二人のぼっちの俺達の話。
コイツとは幼馴染で、自我が芽生えるとともに両方ともぼっちになった。小学の頃から俺達はぼっちだ。小学の頃こそは、自分にしか興味がなかったが、段々とその興味は他人へと移った。いやどちらかというと他人から浮いている自分の奇異さに移った。
劣等感とか自己憐憫とか、そういうのは感じなかった。だって、隣に俺と同じ境遇のやつがいたから。
俺はこいつを最大限の言い訳にした。今日はこいつより人と話した、俺の方がこいつより女子ウケがいいはず。そんな生活を高校一年の秋まで続けた。
……ただ限界は思ったより早く来た。
だんだんイライラしてきたのだ。ぼっちなアイツに。変われない俺に。
帰る前に俺は無遠慮にあいつに話しかけた。今まで、ろくに話したこともなかったのに。
「お前何でぼっちなわけ? とっとと友達作れよ」
「……お前がいうの?」
「うるせえ。とっとと作れよ」
「良いの?」
「は?」
俺が友達作ったらお前ひとりぼっちだよ。
「……何いってんだよ、気にしねえよどうでもいい」
「ほんと?」
俺はあることを思い出して動揺していた。両方ともぼっち? そうだったか?
(こいつめちゃくちゃ友達いなかったか?)
スポーツが出来て、頭が良くて、人当たりがよくて……あ、6年からだ。こいつが徹底的に自分のコミュニティから人を弾き出したの。
「俺、お前と仲良くなりたかった」
本を読んだよ、お前と仲良くなりたくて。友達なくしてみたよ、お前の気持ちが知りたくて。
二人ぼっちなんて渾名でもお前と括られるのが、嬉しかったよ。
友だちになろうよ。これで二人ぼっち、教室の隅で二人だけで生きられるだろ?
【二人ぼっち】2024-03-21
「ご飯できました!」
快活な声で敷布団から引きずり出される。短く切りそろえた黒髪が朝の陽光に水面のように光る。俺にしては上手く手入れできていると思う。美術の成績が振るわなかった人間としては上等だ。
「今起きる……」
「はい!」
「先行ってて」
「“にどね”を見張ってます」
ムッとした顔で言う。
「……わかった、起きるよ」
座布団と朝食が几帳面に狭い机周辺に整理されている。
「いただきます」
「どうぞ!」
少女は自分の分はさっさと食べ終えてしまったらしく、テレビに視線を移している。レンタルショップで借りたDVDのうさぎが手を振っている。地上波放送はずっと前から見せていない。ニュースを見せるから。
「散歩したいか?」
「……? 別に大丈夫です」
「……じゃあ映画は? 見たがってただろ? プリンクラーみたいなの」
「プリキュアですか!?」
行きたいです、と笑う。ああ、良かった。ストックホルムは順調らしい。
――はじめの頃は俺に触れることさえ怖がっているように見えた。見たくもないだろうニュースにチャンネルを回そうとするし、自分が食べ終わっても震えながら俺の前に座って食べる様子を見守っていた。外に出たい一心で散歩をねだり、笑顔は引きつってぎこちなかった。
それが今ではどうだろう! 見目では父子と変わらないじゃないか。
連日ネットニュースは俺をペド野郎だとか、死ねばいいとかいうコメントで溢れている。
でもいい! これは恋愛だ! 混じり気のない純粋な恋物語であり、他人を排斥しても許されるものだ。
だって恋の始まりは別に愛じゃなくたっていいだろ?
【胸が高鳴る】
連れ去られるときの胸の高鳴りはきっと恋でなかったろうけどね
条理が無いとどうなるか。
例えば1日が24時間1分になったらどうだろうか。四年に一度のうるう年が消えるだろう。
人の瞳が左右のみを反転して物を移すようになったらどうだろうか。何だかんだ言って、人は同じように言葉を作り、さかさの世界と私達が生まれるだろう。
……じゃあ、これが明日起きたら?
うるう年が誕生日の人は自分の生まれた日を密かに失うことになる。物好きな研究者が発表するまで素知らぬ顔で仮初の歳を重ねることになる。
後者はより地獄だ。逆さの文字に人類がなれるのが早いか、この世界の文字どもが逆さになるのが早いか。答えは瞭然だろう。
こんな条理にかなわないことになって、自分が不利益を被ってから初めて、人はこう言うのだ。
――ああ、なんて不条理な世界!
【不条理】2024/03/18
※この世界は『あなた』に対応していない可能性があります。
怖がりの子が叫ぶのは強がりって知ってる。
一見怖い金髪君は強がりで、きっと怖がり。
【怖がり】
※残酷表現アリ〼
弟ができた。
初めてガラス越しに見たときは、大きくなったら何をしようってそればっかりだった。
でも病院から弟が来てから、私の生活は一変した。
「ねえママー? おやつはー?」
「ねえママ、髪しばって?」
「ママお絵かきしよー?」
前までなら、うんって頭を撫でてくれたママは毎日泣く弟につきっきり。
「後でね」
ママの後でやるリストはどんどん溜まっていくのに、後はずっと来ないみたいだった。
それなのに、弟の願いはどんどん叶えられていく。ご飯も、おむつも、おもちゃも。
なんで?
そこでようやく、私が楽しみにしてたのは弟じゃなくて弟と遊ぶことだって気づいた。
夜中に泣く弟の声でママが起きる。あったかいのがなくなるから私も起きる。
寝れない。寝たいのに、ママが居ない。
……やだ。
ガマンできない、お姉ちゃんじゃない。名前で呼んでよ、こんなのやだ。
やだ――!
「大変なことになっちゃったの。ちょっとお家でお留守番できる?」
「うん」
「いい子。泣かないでいてね。ーーくん見つけたらすぐに帰ってくるから」
「泣かないよ」
もうーーくんも、私も泣かない。
もう大丈夫だよ、ママ。夜に起きなくていいよ、私と遊ぶだけでいいよ、私は自分のこと自分でできるよ。
【泣かないよ】2024/03/17
大好きなママは本当を知って泣いてしまいましたとさ。