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――あんたさえ居なければコンクール出れたのに!
そう言って掴みかかったときの彼女の顔をはっきりと思い出せる。諦観、その一言がよく似合う。聖母マリアより残酷で、鮮烈な微笑を携えた彼女が、ゆっくりと自分の首を絞めていく。
今年が最後なのに、何してくれてんのよ、私が誘ったのに、なんで、なんでよ!
言葉が詰まる。上手く喋れない。息が吸えない。
「ごめんね」
嗚呼、耐えきれない!

本棚の教則本の背表紙をなぞる。
私がオーディションに落ちたのは、彼女のせいじゃない。当たり前だ。
どうしようもなく自分を責め終わったら、相手がいなくなった。矛先は勝手に彼女へ向いた。一番敵いそうな同い年の子。後輩の天才は太陽で彼女は月、私が地球。
届く、そう思った。つくづく楽観的でバカみたいだ。

私は将来音楽で食っていけるなんて微塵も思ってない。
私はきっと普通大学を受験するし、就職したら音楽を辞める。
たかがモラトリアムのライフイベントに、こんなにマジになっている。
私より上手いやつを全員殺してしまいたい!
馬鹿げた考えはゆっくりと現実味を帯びて、冷たく頬に張り付く。
……コンクールに出ないなら、もう練習はしなくて良い。それでも河川敷で吹き鳴らす自分を濁流に沈めてしまいたかった。
【バカみたい】2024/03/22

3/22/2024, 2:20:36 PM