『行かないで』#11
初めて君が僕の目を見た時、僕にとって大切な人ができた。きっと叶わない恋で、叶ってはいけない恋だった。だから付かず離れずに君を見ていられるこの関係が好きだった。
見ていられるだけで十分に幸せだったのに君が構いすぎるから。君が離れても一人でちゃんと立っていられるように一歩後ろに居たはずなのに君が手を繋ごうなんて言うから。君の隣を独り占めしたくなってしまった。きっと僕はこの手を自分から離すことはできないんだろうな。
『奇跡をもう一度』#10
ヘマをした。僕は高いところから落ちたらしい。何故落ちたのかは思い出せないがそこそこ高さがあったらしく、気づいたら病室だった。窓から柔らかな日の光が差し込み、その光を緩く遮る淡い色のカーテンが風に煽られてそよぐ。お日様の映る波みたいだな、と思った。カーテンが泳ぐ姿を見ていたら眠くなってきてもう一度寝ようと布団を引っ張ろうとして気がついた。ベッドのすぐ横で椅子に座って寝ている君がいた。けれどその顔には涙の跡がついていた。きっと心配してすぐ駆けつけて、ずっとそばにいてくれたんだろう。君には心配をかけてばかりだった。君を喜ばせようと頑張って、それで何度君を心配させて泣かせてしまったか。君の笑顔が1番好きだから。出会った時の、花の咲くような笑顔がもう一度みたいな。
なんてね。
「鏡」#9
朝になる。今日も独りぼっちの朝。鏡を覗く。いつも通り、手入れの行き届いていない艶を失った髪、寝不足からくる濃い隈、なんでも我慢するせいでついた唇の噛み跡がある酷い顔が映る。さあ、今日はこの酷い顔をどう繕おうか。汚れた小さな鏡の前で今日も引き攣った歪な笑顔を作った。
「優越感、劣等感」#8
なんでもできる君がかっこいい。なんでもわかる君が優しい。なんでも知ってる君が眩しい。なんだか遠い存在な気がして劣等感を感じる。僕ができない事も知らない事も、なんでも君にはお見通しで僕がわからないと周りに知られないように君から行動を起こす。小さい頃からそんなだったから、君には助けられてばかりだった。
でも時々机に向かってうたた寝してる君を見かける。きっと僕には理解できないような難しい問題でも解こうとしていたんだろうけど時折見せる完璧になりきれない君が好きだった。そっと君に毛布をかけながら、誰に対しても完璧で居たがる君の少し抜けてるところ。安心しきった寝顔を知ってるのは僕だけだと優越感を感じるのくらいは許してね。
『月に願いを』#7
いつかの夏、君が流れ星に祈る姿を見た。何を願ったのかはわからないけれど、君が静かに祈る姿を見てなんだかすごいことをしているように感じたのを覚えている。
「人は死んじゃったらお星さまになるんだよ。お星さまになってみんなを照らしながら見守るんだよ。」
祈り終えた君が真っ直ぐ僕を見てそう教えてくれた。君が言うのならきっとそうなのだろう。だとしたらあのときの君は死者に祈っていたのだろうか。
「私が死んじゃったら貴方は私のお星さま見つけてくれる?」
君の問いに僕は大きく頷いていた。君ならきっと月のようにどんな星より明るく照らしてくれて、ずっと見守ってくれるだろうと信じている。
もし、君が僕より先に居なくなってしまったら君はきっとお月さまになるだろうから、僕はお月さまにお祈りするよ。